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「瞑想の心理学」(法蔵館)
第三章「存在論―返本還源」の「現象と存在」を読みました。

今回は、この詩句から。

《以下引用》
一月は普(あまね)く一切の水に現じ
一切の水月は一月に摂(おさ)む
(永嘉玄覚『証道歌』)

月は一つであるけれども、無数にある地上の川面や湖に月影が映し出される。しかし、この無数に存在する月影も、もとはと言えば一つの月(一月)に収まってしまう。われわれが今捉えている世界がこの月影に当たることは言うまでもない。「一月」は一なる真理(一つの全体)を、そして「一切の水」はわれわれ自身の心を指している。真理は一つであるけれども、われわれの心の鏡にはさまざまな影が映し出されてくるのが現象の世界なのだ。それに対して「一切の水月」が「一月」に収まっていくように、あらゆるものが帰趨する生の源泉が存在の世界なのだ。
《引用終わり》

一月といってもJanuaryの詩句ではありません。

《以下引用》
…現象の世界は存在の世界を映している。つまり、真実を離れて虚妄があるのでもない。われわれは真実をどこか遠い世界に求めるのではなく、われわれが見ている虚妄の中に、すでに真実は文字通り影を落としている。ただわれわれが心(妄心)のフィルターを通して見ているために、真実が見えていないだけなのだ。
《引用終わり》

放送局とテレビの関係みたいだと書いたこともあります。地デジ対応じゃないと何も見えなくなりました。

《つづく》