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「瞑想の心理学」(法蔵館)
第一章「認識論―不覚無明」の「世間と出世間」を読みました。

序論でも同様のことが書かれておりましたが、この本は表現を少しずつ変えて繰り返して下さるので、初心者でも安心して読めます。

《以下引用》
『起信論』はこの心(妄心)に基づく主客の二元論は、人間意識の深層における出来事であるために、誰も注意を払うことはないけれども、われわれすべての経験の根底にある無知と迷妄の元凶と断じているものなのだ。心源の不覚無明から良くも悪くもすべての行為は始まる。そして、この全体が「不覚の相」であり、虚妄であると言ってくるところが、『起信論』における「三細・六麁」の非常に重要なところなのだ。もちろん、われわれは虚妄になど安住してはおれない。いかにしてこの無明を除き、真実を明らかにするかが、いずれ問われることになる。
《引用終わり》

前回の「元を糺せば…」は好き嫌い(愛不愛)でしたが、さらに元を糺せば主客の対立に行き着きます。

この無明をいかにして取り除くのか…

《つづく》