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「空海の夢」(春秋社)
「9.仮名乞児の反逆」を読みました。

《以下引用》
…延歴16年(797)、空海24歳。レーゼ・ドラマ『聾瞽指帰』(『三教指帰』)を綴った。すでに阿波大滝嶽によじのぼり、土州室戸崎に勤念をしたと記す空海だった。

戯曲仕立ての『聾瞽指帰』は五段の構成になっていた。亀毛先生論、虚亡隠士論、仮名乞児論、観無常賦、生死海賦の三論二賦である。これは寡黙の青年の内側に巣くっていた仮名乞児が沙門空海として現実化するための思想劇である。これまでの諸見にたいするすべての反駁は、ここに一挙に爆発し、また結晶した。阿刀大足や岡田牛養や味酒浄成らには儒教としての亀毛先生論を、ただ神仙に遊ぼうとした青年たちには道教論としての虚亡隠士論を、そして大安寺や東大寺の僧たちと我と我身の佐伯真魚に対しては、仏教論としての仮名乞児論が突きつけられた。

空海は序文に書いた、「ただ憤懣の逸気にそそぐ」と。

やむにやまれぬ気持ちをここにぶちまけたという意味である。そういえば、かつて『史記』の著者がやはり「憤懣を舒ぶ」と自序に記したものだった。
…《引用終わり》

レーゼ・ドラマとは、演じられることを目的とせず読まれることだけを目的とした戯曲のことだそうです。これは空海のこれからの人生を方向づけた決意表明です。それをそのままストレートに書かず戯曲形式にするというのも洒落てます。

この決意は、遣唐使船に乗って死ぬ思いをしてもぶれませんでした。長安にてサロンの人気者になり、才能を生かして大活躍したにもかかわらず、ぶれませんでした。

《つづく》