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COP10というのが開催されているようで、「生物多様性」という言葉がよく聞かれます。

多様性の意義はいろいろあるんでしょうが、現存する遺伝情報にバリエーションがあることの重要性は、今回話題になった「遺伝子資産」という言葉の流布を待たなくとも、認識されておりました。

地球環境の変化というのは必ず起こり得ることですので、いまの環境に適応した遺伝情報だけが生き残ることになると、環境が変化したときに生物が全滅する可能性が出てきます。

遺伝情報のバリエーションを増やす有性生殖の生物の存在意義がここにあります。これを踏まえて人間や思想の多様性も重要であることは以前も書きました

今回は「人物多様性」という言葉を提唱したいと思います。

江戸時代の庶民は長屋暮らしなどをしていましたから、運命共同体としての連携が強かったそうです。特に世界的大都市だった江戸は、なにかちょっとしたことが商売になり、その日暮らしでも食い繋いでいくことができました。(爆笑問題のニッポンの教養#122「落語ぢから」参照

さらには困っている人を助けようという機運が強く、勝海舟の父親のようなとんでもない変わり者でも、他人に助けられて、生きていくことができました。(歴史秘話ヒストリア第53回「大江戸なんだこりゃ!?ハジケて笑える“文化文政時代”」参照)こんな変わり者の息子だからこそ、江戸城無血開城というような当時としては奇想天外なことを実現できたとも言えます。

「生物多様性」が危機にさらされているのと同様、「人物多様性」も危機にさらされているような気がします。変わり者は潰してしまえ!という風潮が感じられるからです。

江戸のように、懐が寒くても、懐の広い、心の暖かい社会が実現できないものでしょうかね…