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「空海の風景」(中公文庫)
「『空海の風景』を旅する」の「第七章 博多」を読みました。

《以下引用》
空海は長安で多くの請来品を得たようだが、それでもまだ帰国途中に越州地方に立ち寄り、百六十ほどの経書を蒐集したようである。それは越州の役人に宛てて書いた手紙「内外の経書を求める啓」によって明らかだ。注目すべきは、以下の記述である。
「伏して願わくは、彼の遺命を顧みて此の遠渉を愍みて、三教の中の経・律・論・疏・伝記、乃至詩・賦・碑・銘・卜・医・五明所摂の教えの、蒙を発き、物を済うべき者、多少遠方に流伝したまえ」(『性霊集』)

三教とは仏教、道教、儒教を指す。空海はかつて『三教指帰』で手厳しく批判した道教や儒教についても、その教えにかかわる書物をあまねく蒐集したいという。「卜」とは占術であり、「五明」とはインド伝来の科学を意味している。確固たる密教の後継者でありながら、その枠にとらわれず宗教の枠も超え、医学や科学など、およそいまだ無知蒙昧な日本の人々の知識を増進し幸福をもたらすと思われる最先端の学問をすべて持ち帰りたいというのである。のちに空海が日本で多方面にわたって活躍した素地がここにある。
…《引用終わり》

密教で食えなかったら他のことで…なんてことを考える人ではなかったでしょうから、分け隔てなく知的好奇心の旺盛な方だったんですね。

例えば、政教分離が現代では当たり前なことであるように、物事には境い目があります。何かの専門家であれば他の分野には手を出さないのが普通です。でも、昔はそういう考え方はなかったのかもしれません。

あるいはこれらの知識も大日如来に帰するものとして、密教への統合を考えていたのか…。

現代でも、これだけ内容の濃い海外出張はなかなかできないような気がします。空海の超人ぶりは想像を絶します。

《つづく》