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第10章「「自己改善」の手段としての文明」を読みました。

《以下引用》…文明の真の目的は、物理的な努力を軽減するような、珍妙な機械を考え出すことではなく、あらゆる方法で人間の自己改善を助けることであるべきだ。そうしてこそ文明は進化のメカニズムとなり、持続していく。なぜなら文明の堅固さは、すべての個人個人の力が組み合わされるかどうかにかかっているからだ。文明とは、外側からではなく、内側から作り上げられなくてはならない。機械の発達や技術的な解決に頼る文明は、なんであれ、必ず失敗を招くのである。…《引用終わり》

現在でも十分通用する警鐘のように思います。この文に第二次大戦の反省も入っているとすると、我々はあの大戦でやはり何も学べなかったのかもしれない。

《以下引用》…人間はみずからを束縛から解放しなくてはならない。この束縛は、動物にとってはあたりまえであり、だからこそ人間にとっては悪なのである。人間がみずからの目的を達するには、肉体の完全な支配が必要とされる。その目的は、いかなるかたちの隷従とも相容れない。だが、もしもこのような本能―動物との心理学的な血縁関係に由来する本能―が克服されれば、それは、もはや恐れるにたりなくなる。恋愛、飲食、娯楽は、節度を守るかぎり、それ自体なんら非難されるべき行為ではない。この「節度」という言葉は、良心、つまり人間的尊厳の意識という調節弁を意味する。不節制とは、まさにこの調節弁が壊れ、野獣性が勝利をおさめることにほかならない。…《引用終わり》

こういう説教を聞かされたのは、小中学生のころかな…でも、大事なことなんだな…

《以下引用》…終局的究極目的論でいう道徳性は、人生から満足や健全な楽しみを奪うどころか、逆に真の人間としてふるまったり欲望や本能への隷属を脱したりすることによっていっそうの満足を与え、人生を豊かにしてくれる。この自由の感情は、みずからが進化の発展に貢献しているという確信と結び付いて、人間に無尽蔵の喜びの源泉をもたらしてくれるにちがいない。この喜びは、人間の生理学的な性向や健康状態とは無関係であるため、他の喜びよりも深く、長続きしていく。…《引用終わり》

人類の進化を背負って日々行動するということか…重いな…

《つづく》