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第8章「人間の「進化」の始まり」を読みました。

《以下引用》…人間は手綱に抗う野生馬に似ている。違うのは、自分で自分に制約を課すという点だ。そして、その制約を自由に拒んだり受け入れたりできるからこそ、人間は最終的にはみずからの運命の真の支配者となれるのだ。食欲を満たすだけの存在にとどまるのか、それとも精神性への飛躍をなしとげるのか。その点での自由な選択を踏まえてみずからの運命を支配していくところから、人間の尊厳は生まれるのである。…《引用終わり》

《以下引用》…ある行為が「善いもの」であるかどうか、別の行為が「より善いもの」であるかどうかを自問した瞬間、彼は、動物には閉ざされている自由を獲得したのである。…人間において、そして人間においてのみ、この選択の可能性が道徳観念に変わってきたのであり、これは他のどんな種にもけっしてあてはまらない…この変化が起きたとき…人間の進化の新たな方向性がはっきりと示された。…《引用終わり》

《以下引用》…自由が進化の基準とされ得る…生物進化の階段をのぼっていけばいくほど、それに比例して自由が増大していく…この自由という基準は良心の誕生によってはじめて深い意義を帯びる…だが、こうしたいっそう大きな自由にもかかわらず人間は、…他の動物と似たりよったりの肉体的欲求にあいも変わらず支配されている。したがって、生物学的に言えば、人間はあくまで動物なのである。あとで述べるように、このような状態は必要不可欠なものであった。と言うもの、人間を人間的たらしめるのは、みずからの本能との戦いにほかならないからである。…《引用終わり》

聖書が引き合いに出されるようになってきたのですが、その辺りはスキップしてます…仏教徒なので…

《つづく》