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第2章「科学はどこまで人間の「味方」になれるか」を読みました。

前の章の内容を言い換えていると思われる部分をまず引用しましょう。

《以下引用》…人間―受信機であり記録道具であり調整器である人間―が存在しなければ、人間の科学が構成しているさまざまな現象も独立した現象としては存在しない。宇宙にはあらゆる種類と大きさの波長があり、そのごくわずかなものだけが感覚によって光、熱、音などに変わる。また、存在する原子や分子、すなわち物質は、神経の末端にふれると、大脳の中で「質」―つまり硬さ、軟らかさ、味覚、においなどと呼ばれる印象を生むが、この印象は対象となる物質の中には存在せず、わたしたちの神経系統が自然に反応したための産物なのである。…《引用終わり》

次に真理追及に関して、考察しています。良心的で賢い観察者が人間社会を司る法則を研究しようとした場合の例です。彼は世界の国々を旅行したあとで、全ての社会に共通する要素である「人間」そのものを調べようとします。人間の集団を支配する法則を見つけるために、個々の人間を研究し始めます。でも、これは後戻りできない境界線を越えたことになります。群集心理は個々人の心理からは推し量れないものだから…

次に彼は、個々の人間の行動の原因を探るためには人体解剖学や生理学の研究が欠かせない、と考える。これは後戻りできない二つ目の境界線になります。生理学をひも解けば生化学にたどりつき、第三の境界線を越えます。生化学の細部を理解するために無機化学を取り上げることになり、これが第四の境界線です。そして更には、分子から原子、陽子、電子へと首を突っ込むことになります。

《以下引用》…彼が逆戻りできないのは、わたしたちの観察基準(つまり人の神経系統におよぼす原子の作用の結果)では原子の「特性」とその電子構造とが結び付けられてこなかったためであり、原子の「特性」が分子の「特性」と結びつくこともあり得ないからだ。…生命の特性は、生命をもたない物質の特性とは結び付かず、人の思考や心理は、生命をもつ物質の物理−化学的、生物学的な特性からは導き出せない。だからこそ彼は出発点に戻れないのである。言い換えると科学者は、ある一つの観察基準から別の基準に移ることによって、新しいさまざまな現象を発見する。しかしそのために、そもそもの目標からはますます遠ざかってしまうのである。《引用終わり》

悲しいマラソンですね…

《以下引用》…自然には、異なる観察基準がいくつもあるわけではない。あるのはたった一つの、巨大で調和のとれた現象だけだ。だが、それをはかる基準を人間の脳の構造が勝手気ままに分割し、ばらばらに切り刻んでしまうため、一般には把握されなくなっているのである。…宇宙の進化の歴史には、いや、むしろその歴史に対する人間の解釈には、最初から一貫性などないことを、読者のみなさんに覚えておいてもらいたかった…その点を忘れなければ、まず「生命」の研究をするうえで、ついで「人間」の研究に取り組む際に出会う他のさまざまな断絶をも受け入れる心構えができるようになるのである。…《引用終わり》

よく物理嫌いの人が「物理なんて私たちの生活に何の役にも立たないじゃないの!」と言うのですが、こういう人の方がノーベル物理学賞を受賞するような人よりも物理を理解しているのかも知れない…

科学が最も大事にする「再現性」についても、偶然の可能性があることを指摘しています。

《以下引用》…生命保険会社や火災保険会社は、一年に平均して何人が死亡し、何軒の家屋が火災にあうかという統計の上に成り立っている。ある条件のもとで数百万の住民が暮らしていた場合、その条件が年ごとに激変しないかぎり、年間の死者数はほとんど変わらない。…《引用終わり》

科学が物質の中に法則性を見出し、現象を予測することができるのは、その物質が数かぎりない粒子によって構成されていて、その粒子群は偶然の法則のみにしたがって運動しているからだ!と指摘しています。つまり、そういう場合にのみ、科学は有効である…

最近、常温超電導とか量子コンピューターとか、これまでの常識では考えられなかった技術が現実化しているのは、偶然とは呼べない環境に物質を置いたり、数少ない粒子で構成される物質を作ったりできるまでに技術が進んだということかもしれませんが…

つまり科学の常識ですら、いくらでも覆り得るということですね。いい意味でも悪い意味でも。保険会社の経営破綻と同じ理屈で!?

《つづく》