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第一章「人間にとって「宇宙」とは何か」を読みました。

毎日、人様に針を刺しておりまして感じるのは、人間の感覚が大雑把だということです。針を刺されて患者さんが痛みを感じるのは稀なのですが、これは痛点に当たらなければ基本的には痛みを感じないからだと思います。

この本で紹介されていない例をもう少し挙げますと、私たちの目が感じ取れる光の周波数は可視光と呼ばれる範囲で、全ての光(電磁波)から見ればごく一部です。耳が感じ取る音の周波数もしかり。

《以下引用》…ものごとを直接的、表面的に検討しただけでは、見たり聞いたりしたものと現実とが一致するという結論は出せない。感覚的な生の印象を訂正し、感覚から受ける情報にもとづいて主観的な考えとは正反対の、外界と呼ばれる客観的世界に一致する映像を大脳の中に描くためには、理論と経験の助けが必要となってくる。…《引用終わり》

「痛み」という基本的な感覚にさえ脳がかなり介入しているということは以前も書きました。単純に「見た」とか「聞いた」ということにさえ、脳による主観的な処理が施されている。客観性を何よりも大切にしている「科学」が根底からグラつく余地がここにあります。「そうだとしたら私たちがやってきたことは全て崩れてしまうので、そうではないと信じるしかない」というのが、科学者の正直な気持ちでしょう。これを認める勇気を持っているかどうかが、本当の科学者かどうかの試金石だと私は思ってますけど。

《以下引用》…多くの人たちは…理路整然としたものの考え方、なかでも数学的な考え方はつねに「真実」だ、と誤解している。わたしたちは人間の思考のプロセスを疑ってかかる必要がある。というのも、なによりもその出発点が感覚にもとづく観察(したがって、疑わしい観察)や、常識にもとづいた観察である場合が多いからだ。…《引用終わり》

さすが、当時最高の生理学者です。私たちが滅多に疑わない「原因」とか「因果関係」という考え方についても、大砲を例に以下のような考察をしています。

《以下引用》…砲弾は、小さな雷管があるから発射されるのだろうか、それとも発射紐を引く兵士の手の動きが原因なのだろうか?…火薬をつくった労働者、火薬を発明した化学者、火薬工場を建てた人間、そこに資金を援助した資本家、その両親や祖父母を責めることはできない相談だろう。しかしそれでも彼らは、そして大砲の製造に手を貸した人たちは、それぞれに責任の一端をになっており、その責任はしだいに薄くなるとはいえ完全に消えることなく、世界の起源にまでさかのぼっていくのである。…《引用終わり》

因果関係というものを厳密に考えていくと、宇宙の起源まで辿らなければいけなくなる。責任問題になったときこの論法を使えば、宇宙の果てまで責任転嫁できてしまいますね。成功したときの功績を考える時には、功労者が宇宙全体になってしまう。それだけ、宇宙全体が不可分ということなのかもしれない…

《以下引用》…人間という立場からすれば現象を生み出しているのは観察基準だ。この基準を変えるごとに、私たちは新しい現象に直面することになる。…《引用終わり》

これについては、白い粉と黒い粉を混ぜ合わせると人間にはグレーの粉末に見えるかも知れないけれど、小さな虫には白い粒と黒い粒しか見えなくて、グレーの粒などどこにも見えないはずだ!という例えが紹介されています。

いくら文明が進もうとも、その時の基準の限界が見えて、それを打破して新しい基準を獲得したとき、コペルニクス的転回が起こり…パラダイムシフトが起こり…目からウロコが落ちる。人類の歴史は、人類滅亡までこれを何度も繰り返すだけなのでしょうね…。

《つづく》