ブログネタ
●* ブッダ倶楽部 *ハロー ブッダ ステーション *● に参加中!
大乗起信論(岩波文庫版)
第三段「解釈分」の第一章「顕示正義」の第二門「心消滅」のA「心生滅―さとり(覚)とまよい(不覚)」まで読みました。

始覚に至る四段階(不覚・相似覚・随分覚・究竟覚)が述べてあります。それから随染本覚。これは「意形(9/10)」の内容に対応します。

次に鏡のたとえ(さとりの体と相)が出てきます。さとり(覚)の特色には四種の「大」がある。それは虚空(おおぞら)のように広く、鏡のように浄らかである。

1.如実空鏡
一切の主観(心)客観(境界)の相を離れていて(遠離=空)、何ものもそこに現れるものがない。空すなわち純粋に清浄。

2. 因熏習鏡
衆生の心は本来、不動で煩悩に汚されない諸徳性を具備している(もともときれいな鏡は、汚れた物をもそのままに映し出すけれども、鏡自体は汚れていない)。それが衆生にはたらきかけて、さとりに向かわせる。

3.法出離鏡
前項の因に備わる不空なる諸徳が、煩悩という妨げ(煩悩礙)や知に関する妨げ(智礙)を除き去り、さとりとまよいの和合したアラヤ識の相を離れる。

4.縁熏習鏡
前項の不空な徳性が覆いを離れて輝き出る(法出離)のに基いて、雲から出た満月のごとく遍く衆生の心を照らし出し、善根を修めさせるべく、その心の動きに応じて(随念)はたらきを現す。

最後に、まよい(不覚)の基本的構造として三細(無明業相・能見相・境界相)、表層的現象として六麁(智相・相続相・執取相・計名字相・起業相・業繋苦相)が書いてあります。これは「意形(8/10)」の内容に対応します。

《つづく》