ブログネタ
科学 に参加中!
チャプタ?の「君はまだ「神」を殺していない」「貧者の一灯」を読みました。

《以下引用》…アルベール・カミュの『シーシュポスの神話』で考察したのは、神によって罰を受け、岩を押して坂道を上ることを永遠にくり返す運命に落とされた男の物語である。男は、その宿命から逃れることができない。死ぬこともできない。永遠にそのような意識の流れの中に閉じ込められてしまっている。しかし、そのような定めから離れて彼の生命はなく、それこそがまさに自身の自己同一性の証しであるということに思い至ったとき、男は無限の自由を感じるとカミュは書く。…《引用終わり》

茂木さんも、これを引用して、「生の有限性」を経由せずして思考の自由はない、と説きます。人間は「自分はカスなんじゃないか?」という絶望感に直面しないようではダメなんじゃないか?と前に書きました。

自己嫌悪、自己否定に苦しみながらも、その嫌な「自分」から抜け出せないということは、逆に言うと「自分」という殻が強固なものである証です。殻とも見なせるし、鎧とも見なせるし。その確固たる「自分」の中では、ある種の自由を感じることができるのではないだろうか?

実際には、心身ともに刻一刻と変化しているのが「自分」です。自己同一性が保たれることの方が不思議なんですけどね…

《以下引用》…くり返し言おう。宇宙は不条理である。この世にはさまざまな物質のあり様があるだけであり、私たち人間の倫理規則にどんな根拠があるのか、そんなことはわかりようがない。私たちを感動させる芸術体験も、その表象的起源がどこにあるのか、わかりはしない。現代のすべての学芸は、そのような無根拠の砂の上につくられた楼閣である。…《引用終わり》

いまさらこんなことがこの本の結論だったのか…とちょっと驚いてしまいました。理工学から法学にいたるまでを日本の最高学府で学んだ茂木さんでさえ、こんなものなのかと。私が探しているのは、まさにその先であります。

《以下引用》…今の私たちにできることは、時代の制約をわがこととして引き受けて、ささやかな貧者の知の一灯を点すことであろう。…《引用終わり》

これが結語なのですが、「一灯照隅」(最澄の言葉)を思わせるこの一文には苦笑してしまいました。やはり仏教しかないのかな…

《最初から読む》