ブログネタ
●ブッダ倶楽部(☆ハロー ブッダ ステーション)● に参加中!
「意識の形而上学」
第一部「存在論的視座」の「.真如の二重構造」を読みました。

全一的「真如」のイメージを略図化したものが示されています。円を半分にし、上半分をA空間、下半分をB空間とします。A空間は何も描かれておらず、無分節,非現象,形而上を示します。B空間は鱗のような模様になっていて、分節,現象,形而下を示します。

まん丸いタイ焼きが上を向いているような絵です。ポニョが上を向いている姿…「シンニョ」と「ポニョ」だから、少し似ている?

《以下引用》…ここで注意すべきことは。B空間なるものが、A空間との関連において、形而上学的・存在論的に、二重の意義をもち得るという事実、…我々がもしB空間だけを認知して、それの実在性信じ、流転生滅の現象的事物の存在次元のみが唯一の実在世界だと思い込むなら、『起信論』の立場からすれば、B空間はすなわち「妄念」の所産に転落する。…これに反して、我々がもしB空間は、ほかならぬA空間そのものの本然的自己分節の姿であって、A-B双面的な全体こそ、全一的実在としての「真如」であると覚知するなら、B空間は、そのとき、「妄念」の所産であることをやめ、…形而下的存在次元における「形而上的なるもの」、ということになる。「真如」は、妄心乱動する生滅流転の存在として機能しながら、しかもその清浄な本性をいささかも失うことはない、と考えるのである。《引用終わり》

このような「真如」の側面を『起信論』では「如来蔵」と呼ぶそうです。

この崇高な次元のものを身近な俗っぽいものに見立てていこうと、私は企てています。この世の全ての存在物がこのような双面性、ひょっとしたら多面性を持っているんじゃないかなと、思ってます。

《つづく》