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「?.大日経の相承」の「一.善無畏三蔵」を読みました。

637年に東インドの王子として生まれました。カリスマ性のある人だったようで、末子ながら王である父に認められ、10歳で軍隊を指揮し、13歳で王位を継ぐ。それを妬んだ兄が挙兵したので応戦。反乱軍を鎮圧できたにもかかわらず、王位を兄に譲り出家。各地を放浪して仏教を学び、当時の仏教の中心地ナーランダで達磨掬多に師事。大日経系の密教を学びます。そして唐に向かいます。

長安に入ったときには80歳という高齢。前出の金剛智が長安に入ったのはその3年後。玄宗皇帝が金剛智には冷たかったのに対し、善無畏は手厚く迎えられたようです。長安で虚空蔵求聞持法などを翻訳。88歳のとき、帝に従って洛陽に入り、大日経の翻訳を行い、99歳で亡くなります。金剛智はその6年後に亡くなっている。
道教に傾いていたと言われる玄宗がとても信頼をおいたのは、呪術の力が強かったからのようです。

いずれ合流する金剛頂経系の金剛智と大日経系の善無畏が、玄宗皇帝の前に同時期に仕えていたわけです。高校の世界史では有名な玄宗皇帝ですが、仏教の側から見つめ直すのも面白いですね。

《つづく》