植木等が「気楽な稼業」と言ったのは本当に昔のことで、最近は皆さんとても忙しいようです。
 夜12時過ぎないと帰って来れない!朝は早い。会社は「嫌なら辞めて下さい!」と言わんばかり。明日はこのたび辞める人の送別会だから早く帰れるけど、ひとり減った分ますます忙しくなるよ…という話を先日聞きました。
 また、システムエンジニアのような仕事に就いた方の話ですが、新人なのに仕事のやり方について詳しくは教えてもらえず、直属の上司も忙しそうで相談できなかったので、最後まで自分なりのやり方で仕上げたそうなのですが、「これはうちのやり方と違うから最初からやり直して欲しい」と言われて、殆ど徹夜の毎日が続いたそうです。
 私が会社に入社した頃を考えますと、20年近くも前になってしまうのですが、随分とのどかでした。新人は本を読んで勉強する時間が与えられていました。新人には実際の仕事に似た課題を与えて、教育する期間がありました。忙しくて明け方に帰宅するようなこともありましたが、作業が終わるまで部長さんが帰らずに待っていて、励ましの言葉を下さったこともありました。そんな余裕が、その後の10年くらいの間にすっかり無くなってしまったように思います。そしてそれは、社員同士の心を結び、それなりの労働の質を守るために必要不可欠な「遊び」だったのであり、抹殺すべき「無駄」では断じてなかったのではないかと今になって思います。

 こんなことを書くのは、先日起きたJR西日本の事故も、少なくとも原因のひとつにはこういうことがあるんじゃないかと思うからです。今のダイヤで運行できているのだから、あと一分くらい短縮できるんじゃないか?更にあと一分くらい…という無理が重なって、大切な「遊び」がどんどん削られていったのではないか?机上ではきれいに定規で線が引けても、そのとおりに列車を走らせることはとてもできない。
 私にも同様の経験があります。私は電子回路の設計の仕事をやっておりましたが、生産技術の進歩に伴い、設計する回路の規模はどんどん大きくなっていきました。設計作業の後には、設計した回路が意図したとおりに動くかどうかという動作確認の作業が必要でしたが、これが問題でした。簡単な例で説明しますが、ON・OFFの切り替えスイッチが2個付いた回路の動作確認は4通りの状態を試験すればいいのですが、4個付いた回路の動作確認は16通りになります。回路規模は2倍でも、動作確認の作業は4倍に増えるのです。ですが、この理屈が上司にはわかってもらえませんでした。「回路規模が2倍にしかならないのに、作業時間が2倍以上かかるのはおかしい。理屈に合わないから、今までの2倍の期間で仕上げて欲しい。君は同じような回路を前にやってるから、2倍もかからないんじゃないの?」というとんでもない理屈を押し付けてくるのでした。これではたまらない!というのが、私が会社を辞めた理由のひとつです。

 太平洋戦争の時も、帝国大学出身の実戦を知らないエリートが、机上でしか成り立たない美しい作戦を立てたために、たくさんの戦死者がでました。私の伯父もその犠牲者のひとりです。戦後60年というのに、その教訓が未だ生かされていないようです。JR西日本の「ダイヤは適切であったが、恒常的な遅延が発生していた」というような記者発表を聞いた時、唖然としてしまいました。ダイヤが適切であるかどうかは実際の運行状況から判断すべきであり、机の上では判断できないのです。この本末転倒のたわごとには、大本営発表を聞く思いがしましたし、以前の上司を懐かしく思い出しました。
 JR西日本の事故の原因調査はまだ途上の段階ですが、会社の責任が問われることになると思います。しかし、このような危険を孕んだ会社は、JR西日本に限らず、そしてこの業界に限らず、日本中にたくさんあるように私は感じています。全ての会社が我が事として反省をしないと、いろいろな形で犠牲者は増え続けると思います。

「うろん語」第一巻
目次
その2:「「想定外」の人間」
その3:「「想定外」の人間供
その4:「ストレス社会?」
その5:「一億分の一の重み」
その6:「心の鎮痛剤」
その7:「ニュースのツボ」
その8:「あいさつをしよう!」
その9:「ああ、色即是空」
その10:「エコというエゴ」

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