トトガノート

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2012年12月

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「神秘主義の人間学」(法蔵館)「第八章 シャンカラ」(p153〜174)を読みました。

シャンカラの名前も今まで何度もお目にかかったような気がするのですが、残念ながらブログ内検索では検出されませんでした。

シャンカラは、686(?)年、南インドのバラモンの家系に生まれ、33年という短い生涯ながら、不二一元論(アドヴァイタの哲学)の理論大成者として、今日まで多大の影響を及ぼしている…と紹介されています。

《以下引用(p157)》
シャンカラの哲学は、生(主客分裂以後の生)を深い眠り(susupta)、夢見(svapna)、目覚め(jagarita)の三つの状態に分ける。深い眠りの中では「私」はいないが、夢と目覚めの中では「私」が現われてくる。…

三つの状態は、意識の相違としても理解することができる。それを便宜的に、無意識、潜在意識、(現象)意識というように区別してみよう。…

夢の世界は潜在意識の「私」が見ている世界であり、目覚めた「私」の意識が見ているのが現実といわれるこの世界なのだ。いずれの場合も、「私」が立ち現われると世界もそこにある。しかも意識の相違から、世界も異なる様相をとって現われてくる。ただ深い眠りの中では「私」が殆ど意識されていないために世界もまた現われてこない。その場合でも、過去から現在に至るまでの経験や知識の巣窟である意識の連続体(集合無意識)は、進化のプロセス全体を包みながらそこにあると考えるわけだ。

次に、意識と身体の関係はというと、経験からも分かるように、あなたは身体を夢と目覚めの中で自覚することになる。…夢の中では、単なるイメージにすぎない形姿(subtle body)を自分と考え、目覚めの中では、言うまでもなく肉体(gross body)を自分とみなすという違いがあるだけ。もし「私」という意識がなければ、身体も自覚されない。だから無意識の深い眠りの中では身体もまた現われてこないのだ。だからといって全くないとは言えない。なぜなら粗大身と微細身がそこから現われてくる原因になっているからだ(causal body)。

要するに身体は「私」という意識に伴って現われてくる。ところで「私」という観念が生じてくる根底には集合意識があるとしたのであるから、この無意識が存続する限り、繰り返し「私」は立ち現れ、それに伴って身体や世界も様々な形をとって現われてくることになる。

この連続体こそ、あなたの過去のすべての経験や知識を蔵し、つまり記憶の貯蔵庫として、現在から永劫の未来へとあなたを駆り立ててゆく根本原因なのだ。勿論、肉体はいつか朽ち果てるであろうが、この連続体まで終ってしまうのではない。
《以下終わり》

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L教材の60番まで終わりました。

41番からは極限と導関数、51番からは微分を用いた接線の問題です。

また一つ、奇妙な記号、今度は極限です。高校時代は分かったような分からないようなでオロオロしているうちに「微分」に突入して、リミットなんかに関わってられない極限状態になったのでした。

やはり、高校に入る前に微分はやっておいた方がいいと思います。

「微かに分かる」と書いて微分…高校の数学の先生がよく言ったジョークですが、笑えませんでした。

【グラス片手に大人の公文】数学〔L-060〕

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あしさんり:ST36(胃経 合土穴 四総穴)

〈取穴〉:犢鼻の下3寸、脛骨前縁と腓骨頭の間の陥凹部に取る。
〈標準〉:下腿前面、犢鼻解谿を結ぶ線上、犢鼻の下方3寸。

〈筋肉〉:前脛骨筋

〈運動神経〉:深腓骨神経。
〈知覚神経〉:外側腓腹皮神経。

〈血管〉:前脛骨動脈。

〈主治〉:消化器系の諸疾患、婦人病、高血圧、慢性疲労、坐骨神経痛、片麻痺、膝・下腿障害。
〈特殊〉:四総穴の一つで腹部の諸疾患の常用穴。抗炎・鎮痛・降圧、養生保健作用。

〈関連痛領域〉中間広筋前脛骨筋

参考文献1「経穴マップ」

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「ちょうどの学習×ちょうどにする指導」の「これからの教室はどう創るか」(p133〜228)の「もろ刃の指導の点検」(p215〜228)を読みました。(小林教室収蔵

《以下引用(p213)》
さきに中一生の「学力診断テスト」の例を出したが、この生徒の出発点はF−121であった。この生徒は三ヶ月もしないうちに学年を越えてH教材(中二相当)に進んでいる。おそらく半年もたてば「Iライン」を突破していくはずである。しかし、もし、この生徒にはD教材もE教材も必要な教材であるとして、さきの見通しもないまま、いたずらに復習を重ねていたとしたら、どうなっていただろう。中学生のときも学年を越えられず、高校生になれば、ますます学年に追いつけなくなる。これではたしてこの中一生は満足して学習に励んでいくであろうか。否定的にならざるを得ないのである。
《引用終り》

学習は、少しずつ着実であればいいというものではないようです。

《引用(p220)》
公文式のある指導者K氏が、自分の教室の生徒のI教材修了生の成績は、みなトップクラス、どこに出しても恥ずかしくないレベルに達している、と講演した。これを聞いた斉田先生は、「へぇ、ウチの生徒のI 教材のレベルなんて、やっとこさのI 教材ばっかりだわ。スイスイできる生徒もいれば、フラフラのI 教材もいる。みんなバラバラよ」。もちろん先生の言いたいことは、I 教材のレベルがどの生徒も同じで、ピカイチなんてウソ、ということである。

教室の価値を決める学習効果の多寡は何によって決められるのか。K氏はどこに出しても恥ずかしくない均一の学習効果であるといい、斉田氏はこれを否定する。K氏は教室の看板をだいじにするが、斉田氏は目のまえの生徒の学習そのものに目を向けている。

この点、学校は正直である。同じ教科書で、同じ先生が、一斉授業でどの生徒にも同じように指導し、そして、定期テストでもすれば、なんと0点から100点まで、それこそ一人ひとりの生徒の学力に大きな差が出ることを隠そうともしない(恥ずかしいことだが)。
《引用終わり》

常識的見方をすれば、K氏のような指導が理想的なように思われます。でも、これは物を作るような指導ではないかと私は思います。工業製品やスーパーに出荷する農作物を作るような指導。

全ての生徒が同じように能力を身に付けていき、出荷試験のように「終了テスト」を行い、生徒の学力の歩留まりを管理するような教室運営。そういう仕事(品質管理など)に明け暮れる保護者にはきっと受けがいいでしょう。

でも、子どもは生き物なのです。スーパーに並ぶ野菜のように、皆が同じでいいわけがありません。

《引用(p221)》
一教材を終えると、現在では教材ごとの「〜教材終了テスト」というものがある。この「終了テスト」には時間と得点から、成績を儀押↓況押↓祁押↓厳欧吠け、況屋幣紊鮃膤福△修谿焚爾鷲垤膤福△修靴読習を義務づけている。なかには、「儀欧任覆韻譴亶膤覆砲靴覆ぁ廚箸いμ埃圓發い襦K氏はこの猛者の一人なのだろう。…

K氏はみずからがI 教材の到達レベルを同じにする監督者の立場になっている。そんなに何回も復習せずに進めた生徒は相当数いたにちがいない。そうした生徒は教材の進度が上がるにつれて、定着度合いが高まっていく自分の学習をみて、きっとおどろいたはずだ。「なんだ、こういうことだったのか。あのときはわからなかったけれど、やっとわかったよ」、と。終了テストでの高得点だけをめざす教室の指導とは、生徒一人ひとりの学力の向上をどのようにはかっていくのかという視点がまるでない。まさに塾の専売特許、合否判定テストのお通りなのだ。公文式はいわゆる進学塾でも受験塾でもないが、こうした塾まがいの教室もまたあるということになる。
《引用終わり》

そのときはわからないけれど、その先を学習することで前のところがわかるということがあります。理解の順番は個人個人で異なるはずです。教科書や教材の順番通りに理解するのがベストだと断じることはできないはず。しかしK氏の指導は、まさにこれを断じているのと同じです。

目の前の試験対策だけの塾ではない公文式だからこそ、現在のわずかな不完全よりも、先に進む明日の可能性を選ぶ指導ができるのかもしれません。K氏の指導は、公文式の大きなメリットのひとつを活かしていないと言えます。

《引用(p223)》
「終了テスト」は、合否判定テストでも、復習を義務づける習熟度判定テストでもない。あえていえば、教材とは観点をかえて、生徒の学力の実態をいっそうくわしく診るためのものである。一枚一枚の教材は自習が可能になるように配列されてある。だからできるが、これがまとめてランダムになると、とたんにできなくなる生徒はいる。低学年では少なくない例である。しかし、こうした生徒であっても、ほんのすこし導入を入れればすぐに「あっ、そうだった」と解き出す生徒が多い。再テストをすれば満点という生徒もいる。同じ教材を学習しても生徒間にこうした能力差のあることを指導者が知ることは、指導においても大いに意義がある。「終了テスト」をたんなるテストに終わらせることなく、そのテスト内容を精査すれば、「終了テスト」もまたりっぱな教材の役目を果たすのである。…

斉田先生に復習という考え方はない。考え方の基本は、次に生徒が学ぶ教材に生徒自身が自分の未知なる能力を発揮させて、いわば、身体全体でぶつかっていける準備ができているかどうか、その実態を診ることにある。足りない部分は補強しなければならない。足りない部分がなければ、そのまま進ませる。必要あってこそ復習は意味をもつ。無意味な復習はしない。
《引用終わり》

斉田先生は、「終了テスト」も、無意味な出荷試験にはしていません。

《インデックス》

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2013年度受験用公立中高一貫校適性検査問題集(みくに出版)の「東京都立武蔵高等学校附属中学校」(p222〜237)を読みました。(小林教室収蔵

〈適性検査2(p222〜229)〉
1.問題2
「木の実1個の重さ(g)」と「木の実100gに含まれるエネルギー(kcal)」をかけて100で割れば、木の実1個に含まれるエネルギー(kcal)が出ます。それを比較するのが一番自然かと思います。ただ、p223に「kcal」の解説がありますが、ここで初めて「kcal」に出会った子どもが自分で計算を考えて比較して論述するのは難しい気がします。みんな同様の例題をこなしているんでしょうか。

木の実1個の長さや幅も書いてあります。これを使って自分なりに何かを書いても、それなりの評価は頂けるんだと思いますが。

問題3のイノシシや、2.のオゾンホールについての問題も、興味深い資料が数々あり、読み物としても面白い内容です。ただ、解く場合には、かなりの理解力と思考力が求められると思います。

〈適性検査3(p229〜234)〉
1.
問題1.
「総当たりで行われる種目」の場合も「各学年の種目」も、1回の種目ごとに合計150点が3つの団に配分されます。「総当たりで行われる種目」は4回、「各学年の種目」は5回で、計9回の対戦が行われているので、150×9=1350点が100m走以外で配分された点数ということになります。表1の各団の獲得点数の合計は、565+648+497=1710.よって1710−1350=360.です。

360点を解答では、9レース×40点とし、1位〜6位に(12,10,8,6,3,1)と配分しています。

8レース×45点でも、「1つのレースで与えられる得点の合計は50点以下」になります。この場合、(14,11,9,6,4,1)といった配分が考えられます。

10レース×36点で、(10,9,7,5,3,2)、12レース×30点で、(9,8,6,4,2,1)、15レース×24点で、(7,6,5,3,2,1)なども考えられますね。

問題2.
最も負けている白団が優勝する可能性があるようにすれば良いことになります。両団の得点差は648−497=151点。むかで競争は「各学年の種目」(1位80点、2位50点、3位20点の配点)なので、白団が1位、青団が3位になれば得点差は91点に縮まります。ちなみに、この場合の各団の得点は(赤,青,白)=(615,668,577)

選抜リレーの1位は140点なので、また白団が1位、青団が3位となった時に91点の得点差を逆転できれば良いのですから、140−91=49よりも3位に与えられる得点が少なければ良いことになります。(3位の得点<49)

3位の得点はMAXで48点。白団が1位、青団が3位なら、717vs716で白団の勝ち。

ところで2位の点数の条件は何でしょう?赤団が718点以上になるようでは、白団の優勝は有り得なくなります。717−615=102で、2位の得点は102よりも少なければ良いことになります。(2位の得点<102)

解答例は90点、40点ですから、いずれの条件も満たしています。

問題3.は方眼紙に書きながら考えたら、ボロボロになりそうですね…

2.は特に補うことはないかと思います。

〈適性検査1〉
「コンビニエントな人生」を哲学する(池田晶子『死とは何か』所収)〈毎日新聞社〉と「たのしい不便」福岡賢正〈南方新社〉という2つの文章を読み比べての出題です。

《インデックス》

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とくび:ST35(胃経

〈取穴〉:膝蓋骨下縁と脛骨上縁の中央で、膝蓋靭帯外側の陥凹部に取る。
〈標準〉:膝前面、膝蓋靭帯外方の陥凹部。

〈筋肉〉:膝蓋靭帯。

〈運動神経〉:
〈知覚神経〉:伏在神経膝蓋下枝。

〈血管〉:膝関節動脈網。

〈主治〉:膝関節及びその周囲軟部組織の知覚・運動障害。
〈特殊〉:

〈関連痛領域〉大腿直筋内側広筋

参考文献1「経穴マップ」

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「新・ヒトの解剖」の「4.五臓六腑」(p68〜141)を読みました。(小林教室収蔵

興味深いところを引用していきます。

まず、最近、知人が肝硬変で亡くなりましたので、それについて…
《以下引用(p87)》
例えば、肝硬変など肝臓の病気になると、胃腸の壁から吸収した栄養分を肝臓へはこぶ門脈という血管を流れる血液が、肝臓のなかにはいることができなくなって、近くの食道やおなかの皮下の静脈に流れこみ、食道に静脈瘤ができたり、おなかの皮静脈の怒張がおこったりする。同時に、脾臓から肝臓にはいる血液の流れも悪くなって、脾臓が肥大する。そして、ついには静脈瘤が破裂して、食道から出血し、大量に血を吐いて、生命を危うくすることになる。
《引用終わり》

次は赤血球について。
《以下引用(p90)》
赤血球は、おもに骨髄でつくられ、脾臓と肝臓でこわされるまで、約120日間、酸素を全身の細胞に送りつづける。魚類・両生類・爬虫類・鳥類の赤血球は、核のある有核赤血球であるが、哺乳類では赤血球がつくられる途中で、核が細胞から放りだされてしまい、無核の赤血球になっている。…核のない細胞というものは、脳と生殖器をうしなったヒトのようなもので、ただ手足をつかって働くよりしかたがない奴隷や働きアリのような存在といえる。
《引用終わり》

骨髄について。
《以下引用(p91)》
骨髄も、子どもの頃には全身の骨のなかでさかんに造血しているが、齢をとるにつれて手足の長い骨のなかではしだいに脂肪におきかわり、最後まで血をつくるのは椎骨や肋骨・胸骨などである。造血作用をいとなむ骨髄は赤いので赤色骨髄とよばれ、脂肪にかわった骨髄は黄色のため黄色骨髄とよばれる。石器時代の古代人は、骨髄のこのような性質をよく知っていて、赤色骨髄は骨を割ってこれを食べ、黄色骨髄は灯火の燃料として使っていた。
《引用終わり》

豚骨のラーメンが食べたくなりました。

《インデックス》

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中高一貫校の素顔 に参加中!
2013年度受験用公立中高一貫校適性検査問題集(みくに出版)の「東京都立南多摩中等教育学校」(p214〜221)を読みました。(小林教室収蔵

今回は、解説に関して私から補うところはありませんでした。ので、気になった「おやつ」の問題について。
3.
江戸時代の時刻表示については、私は高校の古文で初めて知ったような気がします。「九つ」で始まり「四つ」まで時刻はカウントダウンする。但し、「六つ」は夜明けと日暮れの時刻に固定なので、昼と夜で時刻の刻みが季節によって違ってくる。

現代人にしてみたら、時間が伸び縮みするなんて、相対論かドラえもんの世界…奇想天外奇妙奇天烈!

暦(旧暦:太陰暦)が月に連動していたように、時刻は太陽に連動していたのですね。だから、月を見れば何日かだいたい分かったように、太陽を見れば何時かだいたい分かったわけです。それはそれで、現代とは違った利便性があったわけですね。

「八つ」どきに食べたという「おやつ」。季節によって時刻が違っていたというのも面白い話です。

さて、解説の計算の仕方ですが、昼の長さを求めています。19:38−3:52=15:46.これを6で割って「ひとつ」の長さを割り出します。2時間37分40秒となりますが、〔決まり〕に従って2時間38分となります。

「八つ」は「六つ(3:52)」から“四つ(2時間38分×4)”だけ進んだ時刻なので、3:52+2:38×4=3:52+10:32=14:24となります。

私は、資料6の図を見て、「お八つ」は「暮れ六つ」までの3分の2だということで、15:46を3で割りました。5時間15分20秒となりましたが、〔決まり〕に従って5時間15分となります。3:52+5:15×2=3:52+10:30=14:22となり、2分ずれました。

時間というのは60進数ですから、3でも6でも割り切れます。だから四捨五入する必要もない。不必要な〔決まり〕を設けて、それに従えるか?という趣旨なのでしょう。

掛け算では端数がでませんから、掛け算と割り算が可換であることを利用して、割り算を一番最後に行うのが最も丸め誤差が生じない算出の仕方になります。その結果は14時22分40秒で、〔決まり〕を適用して14:23になります。

「どのように答えを求めたのかくわしく説明しなさい」という指示の中には、この3通りの答えのいずれの出し方をしたかを見極める意図があると思いたいです。

こういう疑問は「東京都立桜修館中等教育学校」の問題などでも感じました。最近の算数の文章題は、3×4は○だけど4×3は×というような場合があるらしいのですが、そういう採点だけはやめて欲しいと思います。

国語(?)は、海部宣男『科学のすすめ――宇宙への果てのない航海』〈岩波ジュニア新書〉からの出題です。

《インデックス》

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りょうきゅう:ST34(胃経 げき穴)

〈取穴〉:髀関犢鼻の間で、膝蓋骨外側上縁から髀関に向かい上2寸に取る。
〈標準〉:大腿前外側、外側広筋大腿直筋腱外縁の間、膝蓋骨底の上方2寸。

〈筋肉〉:外側広筋

〈運動神経〉:大腿神経。
〈知覚神経〉:外側大腿皮神経、大腿神経前皮枝。

〈血管〉:外側大腿回旋動脈。

〈主治〉:大腿痛、片麻痺、膝関節及びその周囲軟部組織の知覚・運動障害、急性胃腸炎、腹痛。
〈特殊〉:

〈関連痛領域〉大腿直筋腸骨筋大腰筋

参考文献1「経穴マップ」

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「神秘主義の人間学」(法蔵館)「第七章 ジャラールッディーン・ルーミー」(p131〜151)を読みました。

今回は「夢、その二」(p141〜151)から引用します。

『自己認識への道』の第二部「トマスの福音書」のとっておきの結末に相当するのが、この中間世界(barzakh)の話でした。そこでは、無身体もひとつの身体と数えて三つの身体と呼んでいました。

《以下引用(p149)》
…人間は粗大身(肉体)と微細身(魂)から成り立っている。粗大身が滅びるとき微細身が現れる。これを…小復活という。大復活が、今生において真理(神)の世界に目覚めるのと異なり、小復活によって、肉体の世界と真理の世界の中間に位置する魂の世界(barzakh)へと入ってゆく。さらにこの中間世界(バズラフ)は大きくは、天国と地獄の二つから成り立っている。この世界は肉体(物質)の枷が完全に取り除かれた純粋イマージュの世界であるため、ある意味では現実より一層リアル、かつカラフルな世界と言えるかも知れない。微細身は粗大身に比して感覚が鋭いことも挙げられる。

…粗大身(肉体)の内側へと辿り、微細身に達すると、そこは魂の中間世界である。微細身に入ることであなたは肉体の世界を超越する(小復活)。さらに内側へと辿ると、やがてこれまで外側に見ていた宇宙さえもが消え去る無の本源に行き着く。あなたは無化されてもういない。つまりあなたは無身体となるのだ。このようにあなただけではなく、森羅万象が無の中へと消え去る心象風景を終末という。終末はあなたの死(フアナー)の体験と密接に結びついているのだ。そして無身体に入ることであなたは中間世界をも超越する(大復活)。その時あなたは神を映す無の鏡として、神(の身体)となる。あなたは自己の中に全宇宙を見、全宇宙の中に自己を見ている。善も悪も、天国も地獄も、ことごとくあなたのものであり、ありとあらゆるものの中にあなたは存在する。つまりあなたは全宇宙(マクロコスモス)となるのだ。

このようにどこに存在するのでもないが、あらゆるところに存在する無境界の人を指して、スーフィズムは完全な人間と呼ぶ。人間は、いまだ進化の途上にあるが、完全な人間は、その頂点なのだ。これこそ人間の究極の可能性であり、また存在の意味である。
《以下終わり》

《インデックス》

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