トトガノート

「鍼灸治療室.トガシ」と「公文式小林教室」と「その他もろもろ」の情報を載せています。

2012年06月

ブログネタ
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「ちょうどの学習×ちょうどにする指導」の「特別研究生、その後」(p9〜132)の「特別研究生の後につづく指導運動―Iライン運動」(p70〜89)を読みました。(小林教室収蔵

《以下引用(p76)》
これまでの指導運動は、「小六J」、「小四G」、「幼児方程式」といった点的目標であった。なぜか。まさにさきに述べたとおり、公文公氏の指導運動がいつでもモデル提示の形をとっていたからなのだ。目標としてかかげられた学年以外の生徒はどうするのか、公氏ならこう言うだろう、そんなことは自分で考えろ、と。モデル提示型実践法のこれが流儀なのだ。

ところが「Iライン」は線的な目標の提示である。どの学年にも妥当する目標である。ある学年、ある年齢の生徒だけを対象にしたものではない。これは重要な点である。点的目標の不都合を克服したという意味で、この「Iライン」運動は公文式の歴史を画するものだった。公氏の特定の生徒に焦点をあてたモデル提示の指導運動から、寛氏は「すべての生徒」に意味のある、文字どおりの教室自体の指導目標にしたのである。点的な指導目標に対象となる学年ばかりでなく、どの学年の生徒にとっても「Iライン」は指導の目標として生きることになる。この「Iライン」の指導運動がこれまでの指導運動と異なる点はここにあった。
《引用終り》

この特長が、私が「Iライン」を捨てきれない理由です。

「出発点主義」と「到達点主義」についても書いています。

《以下引用(p81)》
…こうした指導が「出発点主義」といわれるものである。ざっくばらんにいえば、出発点をきめて、ヨーイドン、結果は生徒次第、一年後どこを学習しているか、わからない、というものである。

寛氏の「到達点主義」はもう、こうした指導から卒業しようというものだった。…

指導運動が指導運動として結実していくためには、これを進める側もまた、一種の自己否定をおこなわないわけにはいかない。まさに「到達点主義」こそ、本来の公文式の指導を人々に気づかせるものだった。あるいは、わかっていたが、できないでいたものを、ふたたび問題としてうきあがらせるものだった。そして、「Iライン運動」とはまさに「到達点主義」の指導をめざした現状改革運動だったのである。
《引用終り》

素晴らしい…。この理念は別にして、「Iライン」の事実上のもうひとつの意味があったことが書かれています。

「Iライン」はモラルラインであるから、教室の生徒全員が達成することを目標としなければなりません。「Iライン」を達成するということは、小六の終りまでにはI教材が終って三学年先以上の学習をするということです。

教室の生徒全員が三学年先以上の学習をしているような教室でなければならない。

《以下引用(p83)》
全員が三学年先以上の学習者であったときのことを想定してもらいたい。これにすぐに対応できる指導者はそう多くはない。わからない生徒がいたら、これにヒントをあたえて、学習できるようにする。こんなやり方では生徒全員が三学年先学習者の教室を指導できるわけがない。教室の指導はアシスタント、指導者は出入り口に立った門番のようにあいさつを交わしたり、はげましの言葉を与えたり、学習が終った生徒にはこの次も休まないで来てね、といった言葉かけだけでごまかそうとしてもダメである。そんなことが通じるはずがないのだ。寛氏が「Iライン」という目標を設定し、運動としてまで求めたのは、まさに生徒たちが「自学自習で高校教材を」学習する指導の改革、ひいては、教室自体の変革だった。

そうなのだ、この「Iライン運動」には、これまでの指導運動と一線を画する、公文式の将来の指導をさし示すに足る意義があった。
《引用終り》

こんな素晴らしい「Iライン運動」でしたが、結局は消滅していきました。「Iライン」とか「Iリーグ」自体が自己目的化してしまったようです。「途中の学習状態よりも、教材をさきに進めて「Iライン」到達を第一目標とする指導がひろがって、結局は指導のマニュアル化のひとり歩きが起こったのである。」(p87)

《インデックス》

ようけい:LI05(大腸経 経火穴)

〈取穴〉:手関節背部の橈側、母指を伸展してできる短母指伸筋腱間の陥凹部に取る。
〈標準〉:手関節後外側、手関節背側横紋橈側、橈骨茎状突起の遠位、タバコ窩(橈骨小窩)の陥凹部。

〈筋肉〉:長母指伸筋腱、短母指伸筋腱。

〈運動神経〉:橈骨神経。
〈知覚神経〉:橈骨神経浅枝。

〈血管〉:橈骨動脈。

〈主治〉:橈骨神経障害、手関節障害、咽喉炎、扁桃体炎、歯痛、頭痛、目赤、小児消化不良。
〈特殊〉:

〈関連痛領域〉後斜角筋

参考文献1「経穴マップ」

2000円コースの構成例
〔1〕触察のみ:触察(35分)
〔2〕鍼か灸か:触察(33分)+鍼(4本)or 灸(4壮)
〔3〕鍼も灸も:触察(31分)+鍼(4本)+ 灸(4壮)

詳細は以下のとおりです。

触察料:
標準(33分)で 1753円 (前月比+3円)
※100円(2分)単位で増減できます

出張費:
・人数に関わらず:281円 (前月比+46円)

追加項目:
・鍼25円(1本)、灸25円(1壮)

端数処理:
・百円未満は切り捨てとします

※今回反映します消費者物価指数(生鮮食品を除く)100.2は4月のものです。
※当院の価格に対する考え方はこちら

・6月の価格

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「神秘主義の人間学」(法蔵館)「第三章 エックハルト」(p51〜69)を読みました。

神が私を造ったというよりは、私が神の原因を作った。」そんなニワトリと卵のような関係…そんな神について、エックハルトは語っています。

《以下引用(p54)》
エックハルトは被造物の原因としての神と神性について語る。それは神に二つあるというのではなく、神の二つの側面と理解すべきであろう。前者がすべての被造物に内在しつつ顕現した神(勿論、この神も時間と空間に触れたことは一度もないのだが)であるのに対して、後者はその本性からしていかなる概念規定をも超えた無窮の源泉であるが故に永遠に隠れた神である。顕現した神があらゆる被造物の形相を内に統合している有相の神(人格神)であるのに対して、隠れた神はあらゆるものに遍在し、何の区別もない無差別的な一として、すべての二元性が消滅する無(相)の神(非人格神)である。

顕現した神が絶えず働きたまうのに対して、隠れた神性の根底は、働くべき何もない非活動(無為)として、不動の静寂と沈黙のうちにある。両者の間には、活動と非活動という差異があっても本質的な区別はない。いずれも人間の理性をもっては窺い知ることができないが故に闇であり、理性で把握できるような神は神ではない。だからといって、それは神が存在しないということではない。むしろわれわれが一般に存在すると考えているものが非存在であり、神こそすべての存在を超えた存在なのだ。つまり、理性が終熄するところに闇があり、そこに神は輝いているのである。
《引用終わり》

」の後に悟りが訪れるのと関係があるかもしれません。

そして、人間にも二重構造が存在するようです。

《以下引用(p56)》
人間は二つの存在から成り立っている。一つは被造物としての偶然存在(外なる人)であり、もう一つはその内側にあって、かつて一度も時間と空間に触れたことがない本質存在(内なる人)である。それは更に涸れることのない神性の根源にまで繋がっている。本質存在からすれば人間は一度も生まれたことはなく、それゆえに死ぬこともない。かつて在ったし、今も在り、そして永遠に在り続けるであろう。一方、偶然存在からすれば、人間は時間的に生成したものとして、本来の自己ではない何者かになっている。それは時間的に生まれたが故に死すべきものであり、時間とともに滅びゆくものである。…

人間は、本質存在に目覚めない限り、本当の存在ではあり得ない。人間は影であり続ける。
《引用終わり》

《インデックス》

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「ちょうどの学習×ちょうどにする指導」の「特別研究生、その後」(p9〜132)の「特別研究生の後につづく指導運動―Iライン運動」(p70〜89)を読みました。(小林教室収蔵

公文公氏の後、次男の公文寛氏が会長職に就きました。寛氏は「Iライン運動」を提唱しました。

Iラインについてはp74に説明があります。

Iラインは、この本のIラインと、先日まで配られていたパンフレットとで、微妙に違うようです。この本のIラインは年長の終り(小1の始まり)で学年相当ラインと交差しますが、パンフレットのIラインは年中の終り(年長の始まり)で交差しているのです。

おそらく、この本のIラインはモラルラインという最低の線を示していて目標とは成りえないので、一年早めにシフトすることにより目標ラインとしたのではないかと思われます。

Iライン運動は現在は終了しているようですが、小林教室では、これまでの進度を振り返ったり、これからの進度を見通す時に、非常に分かりやすい面があると考え、過去一年間の進度をIラインと併記したグラフを毎月皆さんに配布しています。

今回、この本のIラインが最終教材終了のポイントで学年相当ラインと再び交わっていることに気づきました。これを参考に、これまで高校教材に関しては漠然としていた小林教室版のIラインを修正して、新しく作り直しました。話の本筋からは外れますが、ここに紹介しておきます。

《小林教室版Iラインのグラフを拡大する》
小林Iライン


特徴としては…

1.Iラインと学年相当ラインは、パンフレット同様、年中の終り(年長の始まり)で交差します。

2.このため、この本のIラインは小6の終り(中1の始まり)でI教材を終了してJ教材に入りますが、小林版では小6の11月末でJ教材に到達します。従って、現在行われているJフレンズ運動をクリアすることになります。

3.パンフレットのIラインはJ教材到達後も真っ直ぐでしたが、小林版は、この本のIラインを参考にして、小6の11月末から勾配が緩やかになります。

4.逆に学年相当ラインは、パンフレットもこの本も、高校に入ってから急勾配になりますが、小林版は真っ直ぐにしました。

5.従って、小林版の高校教材の1目盛りは、教材にして400枚〜600枚に相当します。数学は、〔J・K〕、〔L・MM・M〕、〔N・O・P〕をそれぞれ3つの目盛りに配分しました。英語は〔J1・J2・K1〕、〔K2・L1・L2〕、〔M・N・O〕です。国語は〔J・K〕、〔L・M〕、〔N・O〕です。

いろいろ議論の余地はありますが、生徒さんの反応を見ながら試行錯誤していきたいと思っています。但し、これは飽くまでも参考資料であり、指導の主軸に据える考えは毛頭ありません。本来の指導の助けになりそうであれば使っていこうというスタンスです。

公文式全体としては、Iライン運動は消滅しました。これについて、次回見ていきたいと思います。

《インデックス》

ごうこく:LI04(大腸経 原穴 四総穴のひとつ)

〈取穴〉:手背の第1、第2中手骨底間の陥凹部で、第2中手骨に取る。
〈標準〉:手背、第2中手骨中点の橈側。

〈筋肉〉:第一背側骨間筋

〈運動神経〉:尺骨神経。
〈知覚神経〉:橈骨神経浅枝。

〈血管〉:第1背側中手動脈。

〈主治〉:顔面の知覚・運動の諸疾患、咽喉炎、片麻痺、高血圧、じん麻疹、発熱、橈骨神経障害。
〈特殊〉:抗炎・鎮痛・降圧の作用。

〈関連痛領域〉後斜角筋

参考文献1「経穴マップ」

「新・人体の矛盾」の「12 人体の矛盾」(p212〜229)を読みました。(小林教室収蔵

脳の血管について再び取り上げられています。興味深いので、私も再掲。

《以下引用(p214)》
血管のでき方をみると、消化管などをつくる内胚葉性といわれる器官に、もっともはやくから血管ができはじめ、かつ血管の配列もよく整備されている。つづいて、心臓や腎臓などの中胚葉性の器官に血管が発達し、もっとも遅れて表皮や神経などの外胚葉性の器官に血管がつくられてゆく。しかし、毛や表皮にみるように、外胚葉性の器官にはほとんど血管がはいらず、やっと脳をはじめとする神経系や感覚器官に血管ができはじめたばかりで、混乱状態にある。ここでは、ヒトの脳の急速な大化に、血管の構築がおいつかない、といった事態が生じてきている。げんに、ヒトの脳の拡大は、およそ7万年まえの旧人以降は、平行線をたどっているばかりか、縮小すらしている。
《引用終り》

脳が、毛や表皮と同じ仲間というのも面白いですね。

血管網の不備が脳の巨大化のネックになっているかもしれない、というのもいろいろ考えてしまうところです。脳細胞は大半が使われていないという話もありますが…。

もやもや病を思い出しました。徳永英明さんがなったということで一躍有名になった病気です。日本人に多く、発見したのも日本人の研究者なので、英語名もmoyamoya disease。ウィリス動脈輪閉塞症という別名が付いているんですね。ウィリス動脈輪は、クモ膜下出血の原因となる場所です。太い動脈が詰まり、不足した血液を補うために細い血管が発達するのではないかと言われているようです。

日本人に多いというのは気になります。日本人は脳の血のめぐりが悪いということなのでしょうか?

《初めから読む》

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J教材の40番まで終わりました。

11番から因数分解がずっと続いています。苦手な方にはウンザリかもしれませんが、因数分解は数学では必須のテクニックです。数式を見ると、「ここ因数分解できそうだな…」と自然に考え始めるくらいまで習熟すべきです。それにはトレーニングしかないと思います。

一目で共通因数がわかる簡単なものから始まって、公式でできるもの、たすき掛けを使うもの、と徐々に難易度が上がっていきます。40番までには、3x^2-7xy+2y^2-11x+7y+6 というような、たすき掛けを2回使う問題もでてきます。

階段を一段上がる時にはつまづきそうにもなりますが、例題を参考にしながらやってみて、できたときの快感は最高です。「高校教材は面白いんだよ」という話をよく聞きますが、こういうことなんだなと思いました。

私は学生の頃から単純なミスが多いので、式はなるべく端折らないで何行も書いていくように心がけています。当然、上の行をただ書き写すだけの部分が多くなりますから、エンピツは速くなります。それを見ていた長女が「スゴイ!」と言ってくれました。

やってて良かった、公文式!

【グラス片手に大人の公文】数学〔J-040〕

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「ちょうどの学習×ちょうどにする指導」の「特別研究生、その後」(p9〜132)の「公文公氏の方法」(p59〜69)を読みました。(小林教室収蔵

《以下引用(p60)》
では、公文氏はどんな「方法」をとったのか。かれの流儀はこうだ。まず、あるモデルを設定する。このモデルの実践を指導運動の形にして全体に呼びかける。この呼びかけにのらない人がいても意に介さない。やれる人、関心のある人、「やってみよう、やってみなければ、わからない」と思う人がいればいい。そうでない人にやってもらっても、モデルがそのまま実践されることはまずない。せいぜいモドキが出るのが関の山である。みこしにぶらさがる人はいつもいる。
《引用終り》

謙信とか信長もそういうタイプだったような…。

「特別研究生」もそのような方法で進められました。ただ、「ネオ公文式」と呼ぶなど、今までとは力の入れようが違っていたようです。

特別研究生のグラフを再掲します。
《特別研究生のグラフを拡大する》
特別研究生


特徴は、教室でやるものと宿題としてやるものを分けて、複線で並行していくところかと思います。

横軸目盛の2−3の区間と5−6の区間では、赤い線(宿題)が青い線(教室)よりも進んでいます。つまり、100枚中25枚程度、学習も練習もしてない教材に家庭で挑戦(自習)することになります。

《以下引用(p62)》
公文式の指導者のなかには、公文氏の「特別研究生」を知って、そのとおり実践した人がいた。しかし、この「特別研究生」運動のなかから学び取るのは、子ども自身による自学自習の可能性の実態についてであり、この「特別研究生」が学年を越えてもなお自学自習できるために必要となる指導法についてである。言われたままにそのとおり「特別研究生」を教室に移入するだけですべてがうまくいくと考えたとしたら、かれの真意を誤解する。公文氏はモデルを提示しただけなのだ。このモデルの実践をどうするか、それこそ教室ごとの実情にあわせて指導者が考える仕事である。
《引用終り》

しかしながら、この運動は失敗に終わったようです。その原因は、「指導者本人を信用していないところから生まれた指導法だったから」と村田氏は指摘しています。

《以下引用(p65)》
教室分と家庭での宿題分を分けよう。そして、学習の実態は教室だけでなく、家庭でも見られるようにする。じっさい、教室の指導者が見るだけでなく、家庭の母親も見るようにする。母親が子どもの実力以上の教材進度をのぞんでも、教室での学習が順調でなくなれば、指導者はこれを見のがすはずはない。この反対もある。教室では順調だといわれるが、この家庭での学習ぶりはどうだ。先生はうちの子が自学自習できていないことを知らないのではないか。教室での無理な指導があれば、その状況はそのまま家庭でも知ることができるのである。
《引用終り》

教室分と宿題分を分けるのは指導の選択肢のひとつとして「有り」だと思います。ただ、上記のような危険を孕んでいることを忘れてはいけないでしょう。

《インデックス》

さんかん:LI03(大腸経 兪木穴)

〈取穴〉:第2中手指節関節の上、橈側陥凹部に取る。
〈標準〉:手背、第2中手指節関節橈側の近位陥凹部。

〈筋肉〉:第一背側骨間筋

〈運動神経〉:尺骨神経。
〈知覚神経〉:橈骨神経浅枝。

〈血管〉:第1背側中手動脈の枝。

〈主治〉:手指手背腫痛・麻痺、咽喉炎、下歯痛、鼻血、鼻かぜ、扁桃体炎、顔面神経麻痺、急性下痢。
〈特殊〉:小児解熱作用。

〈関連痛領域〉後斜角筋

参考文献1「経穴マップ」

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