トトガノート

「鍼灸治療室.トガシ」と「公文式小林教室」と「その他もろもろ」の情報を載せています。

2010年09月

教科書のデジタル化について書いてから、ばんやり考え続けていたのですが、「デジタル」という革命がどういうことなのか、現段階で自分なりに整理がついたので書いておこうと思います。

産業革命と比較してみました。産業革命は内燃機関の発明と普及が世の中を変えていきました。汽船、汽車、さらに発展形として自動車。人間はそれまでには考えられない速度で移動し、大量の物資を輸送することができるようになりました。輸送にだけ着目すれば「足」の機能を代替する画期的な手段ができたという革命です。

「江戸に行く」ということは、一歩一歩、ミクロの積み重ねでした。道端の花に目を止めたり、湧水を飲んだり、いろんな宿に泊まったり…「江戸に行く」ということの中には、それによって派生する様々なことが含まれていました。でも、現在では東京出張は日帰りです。ひとつのマクロ処理になってしまいました。東京に行くということで派生する様々なことはほとんど無くなりました。味気なくなったと言えますが、格段に効率的になったということでもあります。

IT革命はコンピュータの普及が世の中を変えました。コンピュータと言ってもパソコンだけではありません。CPUとかDSPとか、小さいコンピュータがほとんどの工業製品に入っていると言っていい状況だと思います。これは機械の制御信号をデジタル化したことに起因します。デジタル化すれば、電卓をポンポンと叩く要領でいかなる制御信号でも作り出すことができます。

これは「脳」の機能の一部を代替する手段の革命と言えるかと思います。データを探し出したり、並べ替えたり、集計したり、記憶したり…というコツコツとミクロの積み重ねでやらなければいけない作業が、ほとんど自動化できるようになりました。自動化のプログラム(エクセルならばマクロ)さえ作っておけば、かつて膨大な時間を要した作業はほとんど要らず、ただ最初の生データさえ入力すればよくなった。

先の革命は肉体的作業の自動化、今回の革命は知的作業の自動化。自動化することによって、何年もかかっていた大仕事(大プロジェクト)の一部が一足飛びに処理できるようになり、小さな仕事になっていく。それが文明が進むということなのかもしれません。

ただ、古典的な手段が無くなってしまうわけではありません。基礎的な運動能力は健康のためにも必要ですし、スポーツという形で運動能力を競い合い高め合うことは重要です。

モーター・スポーツという言葉には少し違和感を感じます。体をほとんど動かさないのにスポーツなのですから。産業革命を踏まえたスポーツといえるかもしれません。私は弓道部でしたが、「あれは運動部なのか?」とよく言われたものです。でも、体をほとんど動かさないスポーツがあるんですから、体をほとんど動かさない運動部があってもいいわけです。

最近、テレビゲームで競い合う競技大会が海外で盛り上がっているそうで、これもスポーツとみなされているようです。これはIT革命を踏まえたスポーツと言えるかもしれません。

こんなふうに考えていきますと、IT革命を踏まえた教育というのも何となくイメージが湧いてくるような気がします。つまり、読んだり書いたり計算したりという基礎的能力は、やはり必要でしょう。そういうコツコツ作業の要領や意味をしっかりと踏まえた上で、そういった作業群をひとつのマクロとし、複数のマクロを組み上げて大きなプロジェクトを構想し、遂行する能力が新たに求められるようになってくる…ということなのかなと思います。

調べものも楽になります。もちろん、重たい書物をひっくり返してページをめくりながらのコツコツ作業も必要です。そうしなければ調べられないことは必ずあるはずですから。でも、クリックひとつで分かることは、可能かつ適切な範囲で活用していくのもこれからの能力と言えます。

考えてみれば、このトトガ・ノート。自分のノートの中をクリックひとつで行ったり来たりしながら復習できるノート…というコンセプトで作り始めたものです。しかも、ケータイでいつでも見返すことができる。

筋肉や経穴に関する情報も、訪問治療の出先で、ケータイで確認することができ、治療の質を高めることができます。

この方法を使ったから自分は仏教の勉強が続いているんだと思います。いろんな本を引っ張り出して読み比べたりするのは、面倒くさがりでできないんです…

やっぱり、デジタルって便利かも。

〈起始〉:腸骨の腸骨翼の外面で前殿筋線と後殿筋線の間と腸骨稜の外唇,殿筋膜
〈・〉:大腿筋膜張筋の下(★居りょう★環跳),大殿筋の下(★胞肓★秩辺)
〈停止〉:大腿骨の大転子の近位端の外側面

〈作用〉:股関節▲屈曲▲伸展●外転▲外旋▲内旋
〈神経支配〉:上殿神経〔L4〜S1〕
〈筋連結〉:大殿筋大腿筋膜張筋小殿筋梨状筋外側広筋

〈触察〉:
・補助線1:上後腸骨棘と大転子の外側端を結ぶ線。中殿筋の後縁に相当する。
・中殿筋後縁:補助線1を指標に、中殿筋と梨状筋の間の溝に指を押し込み、外側頭方に押圧する。
・補助線2:上前腸骨棘と、大転子の外側端から2横指尾方の部位とを結ぶ線。中殿筋の前縁に相当する。
・中殿筋前縁:補助線2を指標に、後頭方に圧迫する。
・補助線3:大転子の外側端から3横指内側方の部位から、頭方に引いた線。前部の厚い筋腹と、後部の薄い筋腹との境界。
・中殿筋:腸骨翼の外面で、補助線1と2に挟まれる扇状の領域に存在する筋腹。

〈関連痛領域〉
・殿部を覆う領域(★胞肓★秩辺)
・仙骨を覆う領域(★小腸兪★膀胱兪★中膂兪★白環兪★上りょう★次りょう★中りょう★下りょう★腰兪★会陽
・内側腰部にかけて
・大腿後面上部にかけて(★承扶

参考文献1「骨格筋の形と触察法」
参考文献2「クリニカルマッサージ」
参考文献3「トリガーポイントと筋筋膜療法マニュアル」

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くもんのすいせん図書(2Aの4番)「おおきなおおきなおいも」を読みました。(小林教室収蔵

とにかくむらさきが印象的です。さつまいもの皮の色。水彩絵の具で染めたそのまんま。染めた時のムラとか、水泡のあととか、そのまんま。それがサツマイモのゴツゴツした表面や根毛の出てるとこを巧みに表しているようでもあります。

「鶴巻幼稚園・市村久子の実践による…」というところが気になりまして、調べてみました。どうやら、この絵本のお話は実話のようです。ある日、鶴巻幼稚園で芋掘り遠足が延期になりました。そこで八つ当たり気味の子どもたちに絵を描かせたようです。10メートルもの大きな紙に。

大きな不満を大きなキャンバスにぶつけて、大きな大きなお芋が出来上がった…。おおきなおいもは大きな昇華だったんですね。

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公文式の英語の教材Cについてです。

“How are you?”とか日常生活で使われる表現を学習します。“I like 〜”“I want 〜”“I have 〜”“I play 〜”という表現も。

“What's your name?”“I'm ...”など、自分のこと、身近な人の表現法も出てきます。

また、“Where are you?”“I'm at ...”という身近な場所を表す表現も出てきます。

幼稚園でも英会話教室があったりして、昔に比べると英語がずいぶん身近になっています。というより、小学校の英語への準備なのでしょうが…。

ある暑い日、長女が“I'm hot.”と言って、手で顔を煽いでいました。私は“It's warm.”としか言わないと思ってました。やはり、中学校から始める英語教育では身近な表現がかなり削られていたのかもしれないな…と最近感じています。

私も公文式の生徒として現在英語を学習していますが、すぐに日常会話で使える表現が多く、昔に比べて「英語」の敷居が随分低く感じます。

逆に、高校入試レベルの英語力をよくも三年間で身に付けたものだと感心もしています。

10月から、CDに代わってイー・ペンシル(E-Pencil)が導入されます。いろいろメリット・デメリットの議論はありましょうが、ビギナーにとっては単語ひとつひとつの発音を繰り返し聴いて覚えるという学習がやりやすくなります。これは大きなメリットだと思います。

《英語D教材に進む》

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「空海の夢」(春秋社)
「5.言語の一族」を読みました。

空海の血筋については『空海の風景』でも触れてあります。

《以下引用》
…まず、サヘキは奇妙な言葉をつかう服属部族だったということである。…次にサヘキには「連」と「直」があって、一方は中央につき他方は地方に散ったということになっている。…一般に中央から派遣された征服者が地方の部族を征圧する場合、古代では武力についで言語力が重要だった。アーリア人のインド進出にも言語の侵犯がともなっている。とりわけ日本では、その部族の全容をそのまま服属させてしまうには、武力よりも言語力、すなわちコトの力というものが最大の服属関係をもたらした。
…「騒々しくうるさい連中」という意味よりも、「特殊な言語力をもった連中だ」といったニュアンスであったろう。おそらく祝詞や呪詞の記憶力がすぐれていたり、その言葉の秘める力に富んでいたりしたのではなかったろうか。
…一握りのサヘキの指導者はそのまま中央に連れて帰られる。これが「連」である。地方に転属させられる多くのサヘキには各地の直接管理がまかされる。「直」であった。
《引用終わり》

微妙な言い回しをうまく使いこなせるだけで、世渡りはうまくできると思います。まして、当時は方言が乱立していたでしょうから、角が立たないように通訳ができたら、国家の運営には非常に重宝したでしょう。

クレオパトラも美人だったかはともかく、多くの言語を巧みに話せたようで、カエサルもそこに魅了されたのではないかと思われます。

空海が渡唐して、ネイティブ以上の文才を発揮し、密教はおろかその他の文化まで唐で習得し、サンスクリット語まで習っていたらしいことを考えれば、並々ならぬ言語力があったことは間違いありません。それが、サヘキの血だったということでしょうか。

《つづく》


14日は長女の誕生日でした。プレゼントの希望を聞くと、「DS!」と即答。6歳には早いのでは?と思いましたが、何度聞いても心変わりは無いようですし、ママのケータイで家族に電話をかけたり(番号は暗記している)、写真を撮ったり(超手ぶれ)できるので、すぐに壊すこともないだろうということで、買うことにしました。

色はブルー。買う前に店頭で見たら、とっても青い。本当にブルー。「青って、本当に青いんだよ!ほら、この色だよ!青って!」と店頭で間抜けた会話をしましたが、やはり娘の心は変わらない…

そして買いました。ニンテンドーDSi LL ブルー

今のところ、ゲームソフトに夢中になるというところまでは行かず、毎日遊ぶというふうでもなく、ホッとしています。まあ、これからなのでしょうね。

今のところ、写真を撮って、それを加工する(メニューでは「あそぶ」)やつで大喜びしています。音声も録音して、ボイスチェンジャーのように「あそぶ」ことができます。これは標準装備。

川島隆太先生の脳トレのゲームもプレインストールされていまして、娘が寝てから大人が遊べます。ボケ防止という意味では、「あそぶ」というよりも実用的な意味(リハビリ?)があるとも言えそう。

家の無線LANにもあっさり接続しました(SSIDやWEP暗号も設定可・MACアドレスもあります)。ブラウザとしてネットサーフィンするには動作が鈍いですが、まあまあ使えなくはない。自分所有の端末で幼稚園のブログが見れるのは、子どもにとってはうれしいことかもしれません。

子どもが使うことを考慮して、なかなか堅牢に作られているようです。SDカードを入れて、これからいろいろ試してみたいと思います。

やはりオモチャっていいですね。大人もワクワクします。

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「唯識入門」(春秋社)
「序章.唯識思想の成り立ち」の「一.唯識ということ」を読みました。

同じ著者による「仏教入門」の中に、


自性清浄心=如来蔵と、アーラヤ識とは、同じ一つの心の表と裏、楯の両面のように相反し、対立しつつも、決して切り離せません。そこで、それを同一視する考えが生まれ、それが『楞伽経』となり、『大乗起信論』で完結しました。


というような説明がありましたので、『大乗起信論』を理解するには唯識についても理解しておかなければならないと思いました。その時からエントリーしておいたのがこの本です。同じ著者なら分かりやすいだろうとも思いました。

この本は講義形式(話し言葉)なので、その点でも分かりやすいかと思います。

最初に参考となる本が紹介されていますので、もっと勉強したくなった時のために整理しておこうと思います。

『唯識思想』(『講座大乗仏教』全10巻の第八巻)春秋社
瑜伽行派の形成から説明を進めている。

『認識と超越〈唯識〉』(『仏教の思想』全12巻の第四巻)角川書店
インド哲学の専門家(服部正明さん)と西洋哲学畑の方(上山春平さん)の共著。服部さんは世親の『唯識二十論』をもとに、上山さんは法相宗の聖典『成唯識論』(世親の『唯識三十頌』の注釈)をもとに書かれています(とのこと)。

『唯識の哲学』(サーラ叢書)平楽寺書店
著者は横山紘一さん。伝統的な唯識法相の学にも詳しい方ですが、ユングやフロイトの学問と比較して唯識へと導いている、とのこと。『唯識三十頌』をもとにしています。

『唯識の心理学』青土社
著者は岡野守也氏。『唯識三十頌』をテキストにして、トランスパーソナル心理学的な視点から見ていきます。

『唯識十章』春秋社
著者は多川俊映師。玄奘訳『成唯識論』をテキストにして、伝統的な法相宗の唯識学を現代的に解説。

『唯識の構造』春秋社
著者は竹村牧男さん。唯識説を、その成立から『成唯識論』に至るまでの歴史的展開を視野に入れ、しかも現代的に解説。

『摂大乗論・和訳と註解(上・下)』講談社
著者は長尾雅人氏。唯識説のインド学的チベット学的研究の成果。入門書ではないので、いささか難解。

『世親論集』(『大乗仏典』全15巻の一冊)中央公論社
原典の翻訳。『唯識二十論』『唯識三十頌』『三性論』『中辺分別論』などが入ってます。

えーと…、まずは高崎直道さんの本、読みますよ。

《つづく》

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いつものようにNHKオンデマンドの番組を流しながら事務処理をしようと思いまして、「SONGS心に響く歌2010」というのを何気なく選びました。歌だったら画面見ないで聴くだけだから、ながら仕事にはちょうどいい…と思って。ところが、全然ダメでした。心に響き過ぎたのです。

クミコの「INORI〜祈り〜」。広島平和記念公園に立つ、折り鶴を掲げた「原爆の子の像」。2歳で被爆、12歳で亡くなった佐々木禎子さんがモデルになっています。

こういう重いテーマはいつも敬遠しているのですが、何気なく聞いてしまっただけにショックでした。

原爆症の薬を毎日飲む。昔、薬は正方形の紙に包まれていました。しかも、対角線に折られている。折り鶴の折り方と同じ。いつしか少女は薬の紙で折り鶴を折り始める。

もう自分は治らないだろうことに気づいている。近いうちに死が訪れることに気づいている。死が刻一刻と近づいてくる恐怖、「生きたい」という内からこみあげてくる悲鳴。しかし、それらを口にしても仕方がないことも少女は知っていた。

ただただ震えながら、毎日増え続ける折り鶴に語りかけた。そして祈りを込めた。千羽になったら…もしかしたら…


そんな光景をイメージして、ただただ私も泣いて泣いて泣いて…悲し過ぎます。

その後に衝撃的な番組を見てしまいました。NHKも憎いことしてくれます。それが「原爆投下を阻止せよ」という番組。

原爆のプロジェクトは秘密裡にバーンズという高官によって進められた。この人は予算集めが上手で、アメリカ史上最大規模の国家予算が「マンハッタン計画」に投入された。代わったばかりのトルーマン大統領に原爆の投下を強硬に勧めたが、その主な理由はどうやら2つ。1つは、当時東欧に勢力を伸ばしていたソ連を牽制するため(これはきちんと記録が残っている)。もう1つは、膨大な税金を投入してしまったために、原爆が不発に終わったのでは格好がつかない。原爆を使う前に日本に降伏されては困るので、日本に提示する降伏の条件から天皇制の維持を認める条項をバーンズは独断で削除している。

つまり、ヒロシマじゃなくても良かった。どこでも良かった。アメリカは、通り魔程度の動機で原爆を投下した…。

実は、この番組の主役はグルーという高官で、この人はバーンズの動きを阻止して原爆投下をやめさせようとしました。アメリカにもまともな人はいたのか…と思おうとしたのですが、グルーはウォール街の人間で、日本に投資した資金が無駄になるのを恐れて原爆投下に反対していたらしい。つまり銭ですね。

やれやれです。神も仏も無いのか…米大統領は聖書に手を置いて就任の誓いをするらしいから、やはりニーチェの時代に神は死んでいたんだなと思ってしまいます。死んで仏になったかもしれないから、やはり仏を拝むしかない…

こんな状況でも私たちは怒ってはいけないのですね。ただただ悲しみ、祈るしかない…

〈起始〉:坐骨の坐骨結節
〈・〉:半腱様筋と隣接(★陰谷
〈停止〉:脛骨の内側顆,斜膝窩靭帯,下腿筋膜(深鵞足)

〈作用〉:股関節●伸展▲内旋膝関節●屈曲●内旋
〈神経支配〉:脛骨神経〔(L4)〜L5〜S2〕
〈筋連結〉:半腱様筋大内転筋膝窩筋

〈触察〉:
・停止腱:半腱様筋の停止腱のすぐ内側方に有る。膝窩中央部に指を押し込み、半腱様筋の停止腱を触察した後、そのすぐ内側方に位置する太い腱。
・内側部:停止腱を頭方に辿り、半腱様筋のすぐ内側方に位置する筋腹を坐骨結節まで触察。
・外側部:半腱様筋の外側方に位置する筋腹。半腱様筋の停止腱のすぐ外側方に指を押し込み、触知される筋腹の外側縁を確認しながら、大腿骨中央部まで触察する。

〈関連痛領域〉
・下肢後面、殿部から下腿中ほどまで(★承扶★殷門★委中★合陽★承筋★承山★陰谷★曲泉★膝関★陰陵泉)

参考文献1「骨格筋の形と触察法」
参考文献2「クリニカルマッサージ」
参考文献3「トリガーポイントと筋筋膜療法マニュアル」

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くもんのすいせん図書(2Aの3番)「すてきな三にんぐみ」を読みました。(小林教室収蔵

表紙は不気味な三つの影。とても素敵な人たちには見えない。読んでみると、この三人は泥棒じゃないですか!「どこが素敵なんだろう?」と思いながら、どんどん読み進みました。

変化は、ある少女との出会いからでした。それから、どんどんと三人は坂道を転がるように(?)素敵になっていきます。

子どもの素朴な疑問には、ドキリとさせられることがあります。次々と繰り出される「なんで○○なの?」という質問の中には、時として考えてもみなかった哲学的な問いかけがあったりして、「何でだろう?」と自分の人生を振り返ってしまったり…。回想に入ってフリーズしてしまった私に、「ねえ、早く答えてよ」と娘が容赦なく迫ってくる…。

著者のアンゲラーさんにも娘さんがいて、この本はその娘さんに捧げるとのこと。きっとアンゲラーさんも娘さんにやり込められて、この本を着想したのではないでしょうか?

原書が出たのが1963年となっていましたので、娘さんは私より少し年上くらいでしょうねぇ、きっと。アンゲラーさんはいいお爺ちゃんになっていることでしょう。

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