トトガノート

「鍼灸治療室.トガシ」と「公文式小林教室」と「その他もろもろ」の情報を載せています。

2010年03月

〈起始〉:上腕骨の内側上顆,尺骨の後縁の近位1/2の領域,前腕筋膜
〈・〉:尺側手根伸筋と隣接(★支正),★小海★霊道★通里★陰げき★神門
〈停止〉:豆状骨,有鈎骨,第5中手骨の底

〈作用〉:
肘関節▲屈曲,前腕部▲回内
手関節●掌屈●尺屈

〈神経支配〉:尺骨神経〔(C7)〜C8〜(T1)〕
〈筋連結〉:浅指屈筋深指屈筋上腕二頭筋長掌筋,小指外転筋

〈触察〉:
・前腕部前面浅層の4筋:前腕前面の近位1/4の部位で、上腕骨内側上顆から前腕部前面浅層を尾方に走行する筋腹が4つ有る。橈側から円回内筋橈側手根屈筋長掌筋,(浅指屈筋),尺側手根屈筋。
・手根部前面の3腱:抵抗に対して手関節を掌屈させると、手根部前面で3本の腱が浮き上がる。中央部で最も浮き上がるのが長掌筋腱、そのすぐ橈側が橈側手根屈筋腱、尺側に有るのが尺側手根屈筋。小指を自動的に外転させると確認しやすい。

〈関連痛領域〉
・尺側、掌側の手首。

参考文献1「骨格筋の形と触察法」
参考文献2「クリニカルマッサージ」

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ドラッカーが流行っているそうです。クローズアップ現代では、「人はコストではなく資産である」、「組織は人を幸せにするべきだ」といったドラッカーの言葉が紹介されていました。

ドラッカーの名前は聞いたことがありましたが、著書を読んだこともないし、どんな考えの持ち主なのかも分かりませんでした。糸井重里さんもファンだそうで、いいコメントをされていました。

その番組を見ただけの私がドラッカーについて語るというのはとっても無謀なのですが…新しさを感じなかった。

ドラッカーを仕事に生かしてうまくいった!という経営者が紹介されていました。自分の部下が思い通りに動いてくれない、という不満を持ち続けていた経営者。「人はコストではなく資産である」という考え方を取り入れて、部下一人一人の長所に着目、それを褒めてあげたり、それを生かせるポストに異動したり、という改善を行ったら、職場全体の雰囲気が明るくなり成績も良くなった…という話。

いい話だし、なるほどと思うのだが、新しさは感じない…

「人はコストではなく資産である」と言われて、最初に思い出したのが武田信玄の言葉。「人は城、人は石垣、人は堀」と唱えて、家臣に重きをおき、堅固な城は築きませんでした。

人の長所を生かして人事を再構成した件では、法隆寺建造のため千三百年前の飛鳥時代から口伝された言葉「塔組みは樹のくせ組み」を思い出しました。宮大工の西岡常一らが著書で紹介しています。

部下が自分の通りに動かないと言うのは、大工が、山から切ってきた樹が真っすぐでないから使えないと言うのと同じこと。でも、実は真っすぐな樹は弱いのだそうで、曲がった方向を考えてその強みを生かすように組み上げていくのが塔組みの要諦なのだそうです。

「樹」を「人」と読み、「くせ組み」をすると、先ほどの経営者と同じになります。ドラッカーは、日本の心を唱えていることにならないか?

「くせ」を「煩悩」と読めば、仏教になります。建てているのが法隆寺ですから、仏教由来の知恵なのかもしれません。これをうまくまとめているのが理趣経百字偈だと思います。尤も、法隆寺の時代に理趣経は伝わっていませんから、他の経典を基にしているとは思いますけど。

となると、ドラッカーは仏の知恵を唱えていることにはならないか?

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★くもん・公文・KUMON★ に参加中!
公文式の英語の教材3Aについてです。

冊子教材で、絵を見ながら、単語を覚えていきます。身近な英単語64語を学習します。

CDを聴いてマネをするという学習。まずは慣れるところから始まります。CDプレーヤー(Eマスター)はもちろん、ヘッドホンにも異様な関心を示します。

カチューシャ
カチューシャで慣らしておいた方がいいかもしれません…

《2A教材に進む》

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「空海の風景」(中公文庫)
「下巻の十六」を読みました。

《以下引用》
…インドにおいては、その後の人類が持ったほとんどの思想が、空海のこの当時までに出そろってしまっているが、それらの思想は、当然、言語に拠った。厳密に整理され、きびしく法則化されてきたサンスクリット語によって多くの思想群が維持され、発展してきたが、空海がすでに日本において学びつくした釈迦の教えやそれをささえているインド固有の論理学や認識学も、さらに蘊奥を知るには中国語訳だけでなくこの言語に拠らねばならない、ということは、インド僧だけがそういうのでなく、インド的体温のまだ冷めないこの時代の唐の仏教界では中国僧もそう思っていたにちがいない。
《引用終わり》

恵果に会わずに「置きっぱなし」にしていた5カ月間、空海は、世界中のものが揃っていた長安という都において、その好奇心と吸収力を存分に発揮したようです。そして密教習得に不可欠なサンスクリット語(梵語)も、インドの僧から習っていたようです。

《以下引用》
…恵果の空海に対する厚遇は、異常というほかない。
空海をひと目みただけで、この若者にのみ両部をゆずることができると判断し、事実、大いそぎでそのことごとくを譲ってしまったのである。空海は日本にあってどの師にもつかずに密教を独習した。恵果は空海を教えることがなかった。伝法の期間、口伝の必要なところは口伝を授け、印契その他動作が必要なところはその所作を教えただけで、密教そのものの思想をいちいち教えたわけでなく、すべて空海が独学してきたものを追認しただけである。空海の独学が的外れなものでなかったことを、この一事が証明している。
《引用終わり》

奇跡のような偶然の積み重ねが空海という一点に集結し、密教は日本にもたらされました。余りにも偶然が重なり過ぎているがゆえに、何か大きな「必然」に見えてしまいます…。

《以下引用》
…空海は、恵果から、一個人としてゆずりうけたのである。…
空海の帰国後の痛烈さは、こういうことにも多少理由があるであろう。かれは、その思想が宇宙と人類をのみ相手にしているというせいもあって、国家とか天皇とかという浮世の約束事のような世界を、布教のために利用するということは考えても、自分より上の存在であるとは思わず、対等、もしくはそれ以下の存在として見ていた気配があるし、また国務でもって天台を導入した最澄に対し、空海の天台体系への仏教論的軽視ということはあるにせよ、ごくつまらぬ存在であるかのようにあつかったのは、このあたりに根のひとつを見出しうるかもしれない。
空海は、極端にいえば私費で、そして自力で、密一乗を導入した。
《引用終わり》

空海の奇跡はまだまだ続きます。

《つづく》

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「龍馬伝」、なかなか面白いです。

先日、上士の屋敷に単身、手ぶら(刀を持たずに)で乗り込むシーンがありました。刀を構えた上士たちに囲まれた龍馬が、ニッコリ笑って、
「わしは丸腰ぜよ。」と言います。カッコ良かった…。

先日、スーパーに買い物に行きました。いつものように「お一人様2つまで」というような特売品を、妻と一緒に2つずつ持ってレジに並ぶ…というような買い物をしました。

さて、支払いというときに、あのカッコイイセリフを使ってみたくなりました。

「わしは丸腰ぜよ。」

「なに!?」

妻ににらまれてしまいました。上士のように怖かった。私は下士です

龍馬になってみたい、とは誰しも思うところでしょうが、真似をしてキマる人は少ないですね…

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「釈尊の生涯」(春秋社)
「2.釈尊前後のインドの時代と環境」を読みました。

・ヴェーダ時代(紀元前1500〜1200年)
アーリア人がインドに侵入し始め、この新しい土地で、一方では自然の脅威と立ち向かい、他方ではドラヴィダ人などの先住民族と衝突していたが、着々と勢力を拡大していった。

・ブラーフマナ時代(紀元前1200〜700年)
アーリアの社会が安定したものになる。アーリア人は、バラモン(純粋な種族。祭事や学問をつかさどる最上位の階級)、クシャトリヤ(異民族との混血種族のうちで、戦いに従事したり、政治を司る武士王族の階級)、ヴァイシュヤ(異民族との混血種族のうちで、牧畜、農業、商工業などにたずさわる庶民の階級)の3つの階級を形成。その下に被征服民族のドラヴィダ族がシュードラ(奴隷階級)として仕えた。

・ウパニシャッド時代(紀元前700年以後)
アーリアの社会は爛熟とともに腐敗堕落するようになった。ガンジス上流地方から東南の中流地域へと繁栄は移り、新天地では政治勢力をもった王族階級が実質的権力を握った。商業貿易も盛んで、豪商財閥も多かったらしい。

祭官であるバラモンは私利私欲に走って、真面目な研学実践や、民衆の精神的指導のような、本来の義務を怠り、民衆からの信頼尊敬と、社会への影響力を次第に失っていった。

そこで、新しい思想が生まれた。神や祭式が人生の運命を決定するという説に対して疑問をいだくようになり、人間の運命はわれわれ自身の心の持ち方や努力のいかんにかかっており、われわれの行為の善悪によって決定されると考えられるようになった。

それはわれわれの自由意志による善悪の業(行為)によって、幸不幸の結果が得られるという善因善果、悪因悪果の因果応報の思想である。

この因果の連鎖は、単に現世のみの間に存在するのでなく、過去から現世へ、現世から未来世へというように三世にわたって不断に存続するとせられた。これが三世にわたる業報説であり、業に従って幸不幸の世界に生まれ代るという輪廻説である。

ウパニシャッド時代には、昔ながらの祭祀バラモンと、業報輪廻説を説き、輪廻からの自我の解脱を考究実践する哲学バラモンとがいた。

・解脱思想
輪廻は永遠に続いて、そのままでは、この輪を断ち切ることはできず、絶対の幸福と安心は得られないから、実は苦悩にみちたものであるという、現状に対する悲観が基調となっている。

この不安な現状を脱して、絶対平安の世界を求めたのが解脱の要求であり、ウパニシャッドでも、自我(アートマン)と精神世界である梵(ブラフマン)とが融合して、梵我一如の理想境に到達した時に、輪廻からの解脱が得られるとした。

《つづく》

本場の中華料理って好きですか?

私は苦手です。近所の中華料理店ならいつでもいいけど、横浜の中華街ならば遠慮したい。

「お酒は何が好きですか?」という質問も、いつもちょっと考えてしまいます。

「梅酒!」と答えるのも何だか恰好がつかないので、「ワイン」と答えることにしていました。要するに、ジュースのような甘いのが好きなのです。お酒を余り感じさせないのがいい。ほんのり酔うのは好きですが、酒の味は好きではないのです。

「ワイン」と言えば、「フランスの赤」が本物なのでしょうけど、それは大嫌い。「ドイツの白」じゃないとダメなのです。

それなのに、「ワインが好きだったよね?」と、お土産をいただいたりすることがあります。決まって、私の大嫌いな赤ワイン。

でも先日、いい方法を発見しました。いただきものの赤ワインと山ブドウジュースを半分ずつ入れて飲んだら、とてもおいしかった。これから「ドイツの白」以外のワインを飲むときにはブドウジュースを割って飲むことに決めました。

これをヒントに、うちでは誰も飲まない日本酒の飲み方も発見しました。日本酒と飲むヨーグルトを半分ずつ混ぜて飲むのです。にごり酒を飲みやすくしたような感じで、とてもおいしい。

最近は、毎日のように、これを飲んでいます。葬式に行くたびに日本酒は増えてましたので、しばらく大丈夫です。

飽くまでも好みの問題ですから、本物のワイン、本物の日本酒が好きな方には全くお薦めできない話ですけど。

〈起始〉:上腕骨の内側上顆,前腕筋膜
〈・〉:橈側手根屈筋と隣接(★げき門),橈側手根屈筋と隣接で浅指屈筋の上(★間使★内関★大陵
〈停止〉:手掌腱膜

〈作用〉:
肘関節▲屈曲,前腕部▲回内
手関節●掌屈。手掌腱膜を頭方に引く。

〈神経支配〉:正中神経〔(C6)〜C7〜C8〜(T1)〕
〈筋連結〉:浅指屈筋上腕二頭筋橈側手根屈筋尺側手根屈筋

〈触察〉:
・前腕部前面浅層の4筋:前腕前面の近位1/4の部位で、上腕骨内側上顆から前腕部前面浅層を尾方に走行する筋腹が4つ有る。橈側から円回内筋橈側手根屈筋,長掌筋,(浅指屈筋),尺側手根屈筋
・手根部前面の3腱:抵抗に対して手関節を掌屈させると、手根部前面で3本の腱が浮き上がる。中央部で最も浮き上がるのが長掌筋腱、そのすぐ橈側が橈側手根屈筋腱、尺側に有るのが尺側手根屈筋。手関節を掌屈しながら、母指と小指の指腹を接触させると確認しやすい。

〈関連痛領域〉
・前腕の掌面に沿って刺すような痛み、手掌に集中。

参考文献1「骨格筋の形と触察法」
参考文献2「クリニカルマッサージ」

先日、男性のお客様が亡くなりました。7年ほどの間、ずっと通わせていただいておりました。93歳という年齢ではありましたが、重く心に残る最期でした。自ら死を選ばれたからです。

穏やかで優しい方でした。集金などの来客が来て、施術が中断してしまうと、
「時間が過ぎたから、もういいよ。」とおっしゃってくれました。
「気にしなくていいですよ。」と言って施術を続けますと、
「悪いな…」とおっしゃいました。

息子さんと二人暮らしでしたが、息子さんも足が不自由で、自分のことが精いっぱい。実質、ひとり暮らしのようなもの。一年以上前に、老人ホームへの希望を出したとおっしゃっていました。しかし、空きが無いということで、ずーっと回答待ち。

数ヶ月前から、排尿の感覚が無くなっていました。私は、別のお客様から使わなくなったオムツを少しいただいておりましたから、
「今はいいのがあるんですよ。」と言って、一袋だけ差し上げました。
「貰っていいのか?申し訳ないな。」とおっしゃっていました。

ひと月ほど前に、やっと介護保険の手続きをされたのか、ヘルパーさんが来てくれるようになりました。

それでも、
「若い者に迷惑をかけるな…」とおっしゃっていました。
「こういう時のために、保険料が取られているんですから、大きな顔して利用すればいいんですよ!」と申し上げましたが、
「皆に迷惑かけるな…」と繰り返していました。

そして半月ほど前に、近くに嫁いでいた妹さんが亡くなりました。それが引き金になったことは間違いありません。

もう少し図々しい人だったら。自分のことは棚に上げて、周囲に愚痴ばかりこぼすような人だったら。自分から人生を辞する事など選ばなかったことでしょう。

そういう人ではなかったから…こんなことになってしまったのだけれど…それだからこそ惜しまれる…それだからこそ寂しい…

例えば、行政を批判するのは簡単です。でも、そんな気にもなりません。もっと、どうであれば良かったのか、分からないから。

私自身、治療師として、もっとしてあげられることは無かったのか?その答えが分かっていて、しなかったのであれば、痛烈に自分を責めることもあるでしょうが、その答えは未だに分かりません。将来的にも見つかりそうな気がしません。でも、探し続けようと思います。

葬儀に出席して知りました。娘さんにも先立たれていたのです。奥さんに先立たれ、娘さんに先立たれ、妹さんに先立たれ、己の孤独な人生の長さを呪うこともあったかもしれません。

弔辞を読まれたお孫さん(娘さんの息子)は、既に結婚され、しっかりした方でした。それがせめてもの救いでした。

冥福をお祈り致します。

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公文式の算数の教材3Aについてです。120までの数の並びを理解し、その力をもとに足し算(たす3まで)に挑戦します。

磁石すうじ盤100を8分以内という目標が設定されています。

「5+3」ならば、数表から「5」を探して、あとは双六の要領で「1,2,3」と進んで「答えは8」という作業になります。

慣れてくると、指を使って(数表なしで)できるようになります。

それを繰り返しているうちに、頭で(何も使わなくても)できるようになります。

次女は、「頭でやりなさい!」と言ったら、指の代わりに頭を叩いて数えるようになりました。叩き過ぎてバカにならないかと心配になります。ですから、先を急かさずに、自然にステップアップするのを待つのがいいようです。

《算数2A教材に進む》

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