トトガノート

「鍼灸治療室.トガシ」と「公文式小林教室」と「その他もろもろ」の情報を載せています。

2009年05月

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第15章「人間の進歩・幸福に不可欠な「徳育と知育」」を読みました。

《以下引用》…これまで考慮の対象にならなかった重要な経験的要素として、時間の心理的な価値がある。幼年時代とそれ以後の時代とでは、時間の価値は同じではない。子どもにとっての一年は、生理学的にも心理学的な面でも大人の一年よりはるかに長い。十歳の子どもの一年は二十歳の大人の二年分に相当する。年齢がもっと低くなれば、この差はさらに大きくなる。
 三歳から七歳のあいだに流れる時間は、大人で言えば、おそらくは十五年から二十年にあたるだろう。ところで、将来の人生に起きる、あらゆる出来事に対応していくための精神的枠組み、とくに自分の道徳律を子どもが築き上げるのは、まさにこの時期と言える。だからこそ、生まれて数年のあいだに、かなりの量の知識が蓄えられていくのだ。親や教育者は、ぜひこの点を肝に銘じていただきたい。…《引用終わり》


著者のご専門はまさにこの部分です。生理学的時間を算出する方程式の考案者なのですから。そんなわけで、ここはメモらせていただきました。この定量化が妥当かはわかりませんが、早い時期の教育がいかに有効であるかは、子どもに接していると毎日気づくことがあります。

《以下引用》…基本的な原理は一つであっても、その提起のしかたや展開の方法は、学ぶ側の器にあわせなくてはならない。学ぶ側には、「教えの精神」を汲み取ってもらわねばならない。同じ言葉を使ったからといって、ポリネシア人や高校生や大学生に同じ結果をもたらすとはかぎらない。…《引用終わり》

この本は異教徒や途上国の人に対して侮蔑的な表現が多く、とても気になります。その辺は目をつぶって上の文章を読みますと、これって「方便」だよね!と思いました。

《つづく》

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23日に、公文山形事務局の川野局長のお話が、東根で行われました。この中で、「国数英は技能教科」という説明があり、「おや?」と興味を持ちました。

川野さんは「これは一般論です。」とおっしゃって、この分類は公文独自のものではないことを強調されていました。が、今ウェブで「技能教科」を検索しましても、美術・音楽・体育・家庭科の4教科が普通のようです…

それでも…つまり、「国数英は技能教科」という分類が一般的なものでなかったとしても…なかなか面白い視点だなと思いました。

技能教科の特徴として、その場で挙げられていたのは…

1.学習する順番がある
水に顔をつけられないけど、クロールはできるようになりたい!なんてことは無理だということ。

2.訓練(練習)することが中心
講義よりも、実際に行いながら指導した方が効果的。

3.訓練(練習)を続けないと力が落ちていく
やらないでいると、しだいにできなくなっていく。

4.基本的なことを繰り返し反復練習する
前項の逆。基礎的なことでも反復練習していると、力を維持できる。

5.コーチがいる
練習を脇で見て、アドバイスしてくれる人がいた方がいい。

というわけで、「読む」「書く」「計算する」という実技が伴う教科と考えれば、「国数英は技能教科」というのも違和感がなくなるかな…と思いました。

川島隆太先生の脳の研究をまとめた本「脳をそだて、夢をかなえる」を先日から紹介しておりますが、その3回目は「読み書き計算が頭の準備体操になる」という内容です。明後日アップする予定です。

国数英を脳のスポーツとみなすことになると思います。「国数英は技能教科」という視点は、川島先生の研究成果を基にしたものなのかもしれません。

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「龍樹」(講談社学術文庫版)
「?ナーガールジュナの思想」の「6縁起」の「2アビダルマの縁起説」まで読みました。
『中論』の中心思想と目される縁起ですが、これもまず論敵の側から見ています。

ここで、十二因縁というのが出ていますので、とりあえずメモっておきます。

《以下引用》…人間の苦しみ、悩みがいかにして成立するかということ考察し、その原因を追及して、以下のような十二の項目の系列を立てたもの。(1)があるから(2)があるというように観ずるのを順観、(1)が滅びたときに(2)が滅びるというように観ずるのを逆観という。
(1) 無明(無知)
(2) 行(潜在的形成力)
(3) 識(識別作用)
(4) 名色(心身)
(5) 六処(心作用の成立する六つの場:眼・耳・鼻・舌・身・意)
(6) 触(感官と対象との接触)
(7) 受(感受作用)
(8) 愛(盲目的衝動)
(9) 取(執著)
(10) 有(生存)
(11) 生(生まれること)
(12) 老死(無常なすがた)
…《引用終わり》


この章の最後に中観哲学との対比のためのまとめがあるので、それをメモって今回は終わりとします。

《以下引用》…
1. 有部においては『大毘婆沙論』以後四種の縁起が認められていたが、有部が最も力説したのは「分位縁起」であり、後世になれば、縁起とは衆生の生死流転する過程を述べるこの胎生学的な解釈がほとんど他の説を駆逐するに至った。
2. 『品類足論』において、縁起とは一切有為法をさすというために、後世、問題の中心となり、種々の方面に影響を及ぼしている。
3. これに反して縁起を無為法なりと主張する派もあった。
4. 「これがあるとき、かれがある。これが生ずることから、かれが生ずる」という縁起の共通趣意を示すことの文句は有部においても保存されていたが、ただしこれは「縁によって生ずること」という時間的生起関係を意味しているとされていた。
…《引用終わり》


《つづく》

〈起始〉:第4〜第7頚椎の下関節突起,全胸椎の横突起,全腰椎の乳様突起と副突起,仙骨の後面
〈⇔〉:★上りょう★次りょう
〈停止〉:軸椎以下の全椎骨(頚・胸・腰)の棘突起

〈作用〉:
頚部●伸展●側屈●対側回旋
腰部●伸展▲側屈●対側回旋

〈神経支配〉:脊髄神経後枝内側枝

〈筋連結〉:最長筋腸肋筋

〈触察〉:
・補助線1:側頭骨の乳様突起の下端から3横指頭方の部位と、外後頭隆起を結ぶ弓状の線)。後頭骨の上項線に相当する。
・補助線2:補助線1の外側1/3から尾方に引いた線。頭半棘筋の外側縁に相当。
・頚部:補助線2を指標に、頭半棘筋頭最長筋の境を触察する。ここから前内側方に向かって圧迫して触察するが、棘筋半棘筋,多裂筋,回旋筋は、浅層を他の筋に幾重にも覆われるため、触知は困難。
・胸部:胸椎棘突起のすぐ外側方に指を押し込み、横突起までの1横指ほどの隙間に存在する筋腹を、前方,前内側方,前外側方に圧迫して触察する。棘筋半棘筋,多裂筋,回旋筋共通。
・腰部:腰椎棘突起のすぐ外側方に指を置き、圧迫して触察。棘筋,多裂筋,回旋筋は、腰椎の棘突起と肋骨突起の間に存在するが、上位腰椎の高さでは触察しにくい。下位腰椎の高さでは、多裂筋筋腹は厚く、棘突起と最長筋の間で容易に触察できる。
・仙骨部:仙骨後面の筋腹は、全て多裂筋。

〈手技〉:
・背臥位、頭側に立ち、頭蓋底(頚椎上部棘突起のすぐ外側)から体幹へ母指でストリッピング。

参考文献1「骨格筋の形と触察法」
参考文献2「クリニカルマッサージ」

標準料金(鍼灸なし・33分触察)の目安
1人:【昼】1900円【夜】2000円
2人:【昼】1800円【夜】1900円
3人以上:【昼】1700円【夜】1800円

詳細は以下のとおりです。

触察料:
標準(33分)で…
・1662円(午前9時〜午後6時)
・1763円(上記以外の時間帯)
※100円(2分)単位で増減できます

出張費:
・1人の場合:268円
・2人の場合:167円
・3人以上:66円

追加項目:
・当日申込は101円
・鍼灸は1体位あたり101円の他、鍼20円(1本)、灸20円(1壮)

端数処理:
・百円未満は切り捨てとします

※今回反映します消費者物価指数(生鮮食品を除く)100.7は3月のものです。

・5月の価格

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以前、「体にいい水」について調べていた時に、こう言い張る人に出会いました。
「本当にいい水は、放置しておいても雑菌は繁殖しない。それどころか、有害な菌を入れると死滅するのだ。だから、飲めば体の中の有害な菌を殺すから、体が健康になるのだ。」

この人は健康水ではなくて、聖水の話をしていたのかもしれません。

「では、悪人が飲めば、その人が死んでしまうのだろうか?」と、すぐに疑問が湧きましたが、とてもまともな回答など望めそうにないので質問しませんでした。

善悪の判断って、そんな簡単なものなのでしょうか?国や時代によっても変化する、あやふやで厄介なものだと私は思います。酸性アルカリ性の検査薬みたいに、簡単に判定できる水が本当にあるなら、どんなに楽なことでしょうか。

ですから、70年ほど前の世界的に有名な生理学者が、ガラガラヘビ,黒後家グモ,マラリアを媒介する蚊,病原菌を「神」の視点で悪者に分類している文章を読んで、唖然としてしまいました。

毒蛇や毒蜘蛛は自衛手段でしょうし、蚊は病気を運んでいるとは知らないで食事をしているだけだし、病原菌も代謝産物がたまたま人間に毒性があるというだけの話…それぞれ事情があるのに、全く情状酌量なしに神は善玉・悪玉を分別(ぶんべつ)するというのか?それが神の分別(ふんべつ)だと言うのか?

この人は、キリストは〇、イスラムは×と、神様をも当然のように分別(ぶんべつ)しているのですが、私には理解できません。理解したいとも思いません。

仏教は、善悪(に限らず全てのもの)の分別(ぶんべつ)の基準が相対的なもので、そういう分別(ふんべつ)自体を妄分別として戒めていると思います。現代のような価値観が多様な時代であれば、なおのこと無分別(無配慮)な分別(ぶんべつ)は避けるべきでしょう。

最近、親鸞さんの人気が上昇しているようで、悪人正機説がよく紹介されます。「悪人でも救われる」という趣旨には全く異論がないのですが、「そもそも悪人とは何ぞや」というところから始めるのが話の順番としては正しいような気がします。敢えて話の順番を逆にしたところが親鸞さんの独創性かもしれませんけど。

まあ、ともかく、毒蛇さんや毒蜘蛛さんたちも、人間の生存のために制裁を受けることはありましょうが、等しく生きる権利はあると思います。

♪みんなみんな♪生きているんだ♪ともだちなんだ〜♪

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第14章「「神」と人間のあいだで」を読みました。

《以下引用》…イスラム教徒は思想に対して非常に大きな不信感をいだき、強制的なきびしい修行によって、ものを考える力を捨て去ってしまっている。…《引用終わり》

これはイスラム教徒ではない私でさえも非常に不快を感じる文章です。自分たちの神を崇拝し、仲間内で盛り上がるのは結構ですが、他人の神様にケチをつけるのはいかがなものでしょうか。この著者は、他の宗教に関して、ものを考える力を捨て去ってしまっているようです。

《以下引用》…きわめて優秀な頭脳を持ち合わせた人々の一部には、もう一つの反論が深刻に受け止められているらしい。それは、人間に危害を加える無用このうえない生物の存在を神がなぜ許しているのか、という反論だ。つまり、ガラガラヘビや黒後家グモ、マラリアの媒体であるハマダラカ、恐るべきライ病菌、種の存続を脅かす梅毒の病原菌はなぜ存在するのか、こういうたぐいのものは、すべて神のもつ善意と両立しないではないか、と言うのである。…《引用終わり》

これに対する説明はこうです。

《以下引用》…もし、ある最高の力が真実の諸法則を「創造した」という事実を受け入れるならば、これらの法則がいったん形づくられると、みずからその機能を果たしていく、という事実をも受け入れなくてはならない。言い換えれば最高の力自体でも、さまざまな現象がこうした法則の定める方向に展開していくことを食い止められないのだ。さもなければ、法則などもはや存在せず、気まぐれだけが残ることになる。…《引用終わり》

これは全然納得できません。諸法則が実行されていくとモンスターを生み出してしまうという弊害があるのなら、そんな法則は最初から創造しなければいい。そんな言い訳は神ならぬ身のみができることなのであって、そんな法則を創造してしまうのであれば全知全能の創造主ではないということになります。

私は、道徳という分野に関してさえも、絶対的な善悪の判断基準というのは無いと思っています。まして、科学者が生物を善玉と悪玉に分類するなんて、正気とは思えません。

これについては、明日、もう少し書きたいと思います。


《つづく》

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最初に断わっておきますが、これは薬を使った虐待の話ではありません、念のため。

GWは次女の体調がず〜っと芳しくありませんでした。彼女は元気100%全開か、0%か、all or nothingというタイプ。だから、元気がない時はものすご〜く凹んで見えます。

お腹の薬を飲ませたのですが、いつもの風邪薬と違って苦かったのです。彼女は味にもこだわるタイプ。薬も効き目ではなく、味にこだわります。お腹の薬を飲ませようとすると泣き叫んで暴れます。

一度だけ妻と二人で押さえ込んで、無理やり飲ませました。彼女は口から煙を吹いて泣きわめきました。煙というのは粉薬のことです、念のため。

さて、夜のことです。夕食が終って、お薬タイムがまたやってきました。妻はすりおろしリンゴの中に薬を入れることにしました。

長女は「おいしい!」を連発してパクパクパクパク…
次女はパクッパクッパクッで、スプーンが止まってしまいました。少し苦いことに気づいたのです。
「ミウちゃん、苦いから食べない。甘いのだけ食べる!」

「えー?苦いの?えー…どれどれ。パクッ。ん?全然苦くないよぉ〜」と妻。
「えー?苦いの?えー…どれどれ。パクッ。ん?全然苦くないよぉ〜」と長女。
「えー?苦いの?えー…どれどれ。パクッ。ん?全然苦くないよぉ〜」と私。
4歳の長女がこのチームワークに加われるのはスゴイと思いました。でも、次女は絶対に食べようとしません。

私は、次女が私たちを信用しなくなるのを恐れました。妻にもう一度リンゴをおろしてもらって、薬を入れないで食べさせてあげることにしました。

「今度は苦くない?」と私。
「うん!おいしい!」と言ってパクパクパクパク…

「さっきはリンゴのおいしくないところが入っちゃったんだね。茶色かったもんね。」と私。薬が入っていたと疑わないように。
「うん!茶色いおいしくないところが入ってた」と言ってパクパクパクパク…

そこへ、長女もリンゴをおろしてもらって持ってきて、次女の隣で食べ始めました。
「おいしい!」パクパクパクパク…

ところが、それを見た次女のスプーンが止まりました。そして、長女のリンゴと自分のリンゴを見比べているのです。自分のリンゴが、長女のリンゴよりも少しだけ茶色いことに気がついたのでした。

パクッと一口食べては、お姉ちゃんのリンゴと見比べる…
パクッと一口食べては、お姉ちゃんのリンゴと見比べる…
パクッと一口食べては、お姉ちゃんのリンゴと見比べる…

次女のリンゴはどんどん茶色くなっていきます。そして、とうとう泣き出してしまいました。
「ミウちゃんの、茶色いから食べない!」

「さっきは茶色いから苦かったんじゃないよ!」とも言えず、「今度のは薬は入ってないんだよ!」とも言えず、私も万事休すです。

薬をもったのは妻なのに、私の信用だけが失墜したことは言うまでもありません。

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「龍樹」(講談社学術文庫版)
「?ナーガールジュナの思想」の「5論争の意義」の後半を読みました。

ナーガールジュナの思想を論敵の方から見ているので、ナーガールジュナ自身の思想がまだよくわかりません。

《以下引用》…以上「八不」を手がかりとしてかんたんに『中論』における否定の論理を検討したのであるが、このように『中論』が種々なる否定の論理によって<法有>の主張を排斥しているのは一体何を目的としていたのであろうか。
 簡単にまとめていえば、その最後の目的は、もろもろの事象が互いに相互依存または相互限定において成立(相因待)しているということを明らかにしようとするのである。すなわち、一つのものと他のものとは互いに相関関係をなして存在するから、もしもその相関関係を取り去るならば、何ら絶対的な、独立なものを認めることはできない、というのである。…《引用終わり》


随分、簡単にまとまったもんですね…

《以下引用》…この<相因待せること>を別の語で「縁起」とよんでいる。…チャンドラキールティは、「論書(『中論』)の闡明すべき目的は、不滅等の八つの特徴によって特徴づけられた縁起である」(『プラサンナパダー』)と断言している。八不がそのまま縁起なのである。…《引用終わり》

中観派の哲学は西洋の懐疑論者たちの哲学に似ているのだそうです。

・「反対として対立しているものは、互いに他の反対のものを含意している。悪を持たない善は論理的に不可能である」(クリシッポス)

・「悪が存在しなくても善は存在し得たと考える人々ほどばかげたものは無い。善と悪とは対立しているのであって、両者は対立において存立するにちがいない」(B.ラッセル)

・「浄と不浄とは互いに依存して成立する」(『中論』)

・「喧嘩するほど仲がいい」(昔の日本人)…ちょっと違うかな?

確かに似てますね。でも、ここで終わらずに、この論理を通して縁起を解明したのがナーガールジュナの凄いところのようです。

《つづく》

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