トトガノート

「鍼灸治療室.トガシ」と「公文式小林教室」と「その他もろもろ」の情報を載せています。

2009年03月

ブログネタ
こどもの教育 に参加中!
NHK「爆笑問題のニッポンの教養#65」(3月10日放送分)を見ました。教育社会学の広田照幸先生でした。「学校は何も教えてくれない?」というタイトルでしたが、期待したのとは違った面白さがありました。

まず、明治期の教育はどうだったか?という研究。婿養子に入って医者を目指して勉強するが、受験に何度も失敗し、家を追い出されてしまった人。田舎町での、のぞきや夜這いの事件を報じる当時の地方紙。今と比べて、同じところや違っているところなど、当時の記録を読むだけでも面白い。そして何より、追い出された婿さんも山形出身なら、田舎町というのも山形であるのは興味深い。

何で山形なの?

安倍政権発足時に、私が最初に失望したのは「美しい国」というスローガン。そこには何も具体的なメッセージが含まれず、当たり障りのない言葉でした。教育改革も目指しましたが、「その間違いは何だったか?」という問いには、「政治家は自分の考え方が正しいと思い込んでいる人が多くて、それと同じ考え方を皆がするようになれば国は丸く治まると思っている。」というような指摘で、納得しました。

全く幼稚な幻想ですね…いろいろな考え方を教えて、その良し悪しを一緒に考えてみるのが教育だと思います。ひとつの考え方だけを教え込むのは洗脳です。

太田さんが理想とする授業というのも面白いと思いました。その日にテレビで話題になったようなことからディスカッションを始めて、そこから生じた疑問をドンドンと勉強していく授業。興味が湧いた時に学ぶ、というのは理想ですね。

ただ、それでは体系的にバランスのとれた学習ができない、というのが広田先生の指摘でした。それも、なるほどです。

勉強もゲームも本質的には同じものだと私は思っています。だから、ゲームに取り組むみたいに、子どもが勉強に夢中になるように仕向けるにはどうしたらいいのか…今、毎日考えているところです。

広田先生が目指す教育を、もう少しはっきりと聞きたかったな。著書を読めってことかな?

《つづく》
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ブログネタ
こころの旅 に参加中!
思い浮かべてごらん…

ここは「思い込み」の世界…

だから、みんな「思い込み」を持っていないといけない。


よりマシな「思い込み」を覚えておくために、

より多くの「思い込み」を覚えておくために、

人々は文字を使って書き残している。


石に刻んだり、木に彫り込んだり、紙に書いたり…

石や木や紙が残っている限り、文字は残る。

だから、文字は時間を越えることができる。


文字は山を越え、谷を越え、海さえも越えて…

いろいろな人に読まれる。

だから、文字は空間を越えることができる。


文字とは、言葉を記号化したもの。

言葉とは、「思い込み」につけた名前。

だから、文字として時空を越えるのは、実は「思い込み」。


文字が時空を越えるのは、

それが「良い思い込み」ならば良いこと。

それが「悪い思い込み」ならば悪いこと。

そして、「良い」とか「悪い」とかいうのも「思い込み」。

《最初から読む》
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ブログネタ
科学 に参加中!
第6章「化石は何を語っているか」を読みました。

《以下引用》…わたしたちは、過渡的な形態をまったく見つけ出せないばかりか、一般的に言っても新しい生物群を古い群と厳密に結び付けるのは不可能だ。したがって、生物間の移行は多少なりとも突発的なものなのか、あるいは継続的なものか、という問題は依然として残されている。…《引用終わり》

ミッシングリンクのことですね。

《以下引用》…繁殖し広く分布できるほどに長生きしてきた生物群だけが化石の段階で見つかるということは、確率からも明らかである。だから、いちばんはじまりの形態が発見できなくても、なんら驚くにはあたらない。そう考えると、これまではっきり証明されてこなかったように思える重要な結論に達する。それは、過渡期の形態はけっして安定した形態ではなく、大量に繁殖することも広く分布することもなかった、という点である。…《引用終わり》

これが、化石が物語ることということでしょうか…

《以下引用》…過渡期の形態には別の役割がある。…あらゆる現象はつねに、あたかも達成されるべき一つの目的、つまりいっそうの進化を宿命づけられた、より高い発達段階が存在するように生じる。そしてそこでは、新たな次の段階がはじまった瞬間に、中間形態はその重要性を失ってしまうのである。《引用終わり》

後に、人間の発達を心理学的な面から見た時に、上記の事柄と類似したことが出てくるのだそうです…

《つづく》
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心の向き に参加中!
大乗起信論(岩波文庫版)
第四段「信心の修行(修行信心分)」まで読みました。五門の中の止観門の方法について、以下、自分なりにまとめてみます。

止(心の安定)の方法
・静かなところで、正しい姿勢で坐り(結跏趺坐)、心を正す。
・一切の見たり、聞いたり、感じたり、認識したりするところに気をとめてはならない。
・あらゆる想いが生ずるごと(随念)に除き去り、除き去っているのだと想うこと(除想)も捨てる。
・「一切の現象は心のみであって、外界の対象は存在しない。そして、そのように思う心自体もまた、固有の相ではなく、刹那ごとに生滅し、知覚できない」と知る。
・坐禅していないときでもこれを心がけて習熟すると、真如三昧(真実のあり方をのみひたすら念ずる禅定)に入ることができるようになる。
・真如三昧に入ると法界一相(諸々の現象の根元は全て同一の相)をさとり、法身(一切諸仏の本性)と衆生の身とは根元において平等・不二であること(一行三昧)を知る。
・真如三昧は、あらゆる三昧の根本である。

以上の禅定だけでは、心が沈んだり怠惰になったりして、他者のために尽くそうという大悲から遠ざかるおそれがあるので、これを避けるために正観の修習が必要である。

正観の修習
1.法相観
すべての諸現象はその状態を持続することができず、たちまち変化して壊れる。一切の心のはたらきも刹那ごとに生滅する。ゆえに、それらの現象はすべて苦である。…と観ずる。

2.大悲観
一切衆生は無始よりこのかた根元的無知のはたらきに浸透されているので、今生においても未来世においてもその苦は限りなく、それを取り除くことは難しい。そしてそれに気づいていないとは何と憐れむべきか…と観ずる。

3.大願観
願わくは、わが心をして、主客・自他等の分別を離れ、一切の善行・徳行を実践し、十方世界へそして未来へあらゆる方便をつくして、すべての苦悩する衆生を救済し、涅槃の安楽を得させたい…と観ずる。

4.精進観
大願を立て、いついかなる処でもあらゆる善行をできる限り修習し、決して怠らない。

止観双修
禅定(止)を修習すれば、凡夫のもつ世間に対する執着を克服できる。正観を修習すれば、大悲心を起こさないという狭い了見を克服し、善根を修習しないという心も遠ざけることができる。共に具えていなければ、さとりへの道に入ることはできない。


《つづく》
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〈起始〉:第3(4)〜第6胸椎の棘突起
〈⇔〉:頭板状筋肩甲挙筋の下、頭半棘筋頭最長筋の上
〈停止〉:第1〜2(3)頚椎の横突起の後結節
〈作用〉:頚部●伸展●側屈●同側回旋
〈神経支配〉:頚神経後枝の外側枝
〈筋連結〉:頭板状筋肩甲挙筋

〈触察〉:
・補助線4:第1頚椎横突起と第3頚椎棘突起を結ぶ線。
・補助線5:第3頚椎横突起と第6胸椎棘突起を結ぶ線。
・補助線4と5に挟まれる領域で、内側尾方から外側に走行する筋腹。1〜2横指幅。
・胸椎,頚椎の椎弓や横突起に向かって圧迫。

〈手技〉:
・背臥位、頭側に立ち、頭蓋底(頚椎上部棘突起のすぐ外側)から体幹へ母指でストリッピング。

参考文献1「骨格筋の形と触察法」
参考文献2「クリニカルマッサージ」
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標準料金(鍼灸なし・33分触察)の目安
1人:【昼】1900円【夜】2000円
2人:【昼】1800円【夜】1900円
3人以上:【昼】1700円【夜】1800円

詳細は以下のとおりです。

触察料:
標準(33分)で…
・1658円(午前9時〜午後6時)
・1759円(上記以外の時間帯)
※100円(2分)単位で増減できます

出張費:
・1人の場合:271円
・2人の場合:170円
・3人以上:69円

追加項目:
・当日申込は101円
・鍼灸は1体位あたり101円の他、鍼20円(1本)、灸20円(1壮)

端数処理:
・百円未満は切り捨てとします

※今回反映します消費者物価指数(生鮮食品を除く)は1月のものです。

・3月の価格
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漢方薬、鍼灸、中医学 に参加中!
NHK「ためしてガッテン」(3月4日放送分)を見ました。「頑固なコリの真犯人!慢性痛徹底対策2」というタイトルでした。以前放送したものの続編という形だったので期待していたのですが、トリガーポイントの話でした。

鍼灸の業界では十年以上前からトリガーポイントの本が読まれていまして、私も開業当初に何冊か買いました。お客様への説明でもこの言葉を使ったのですが、ピンと来ないようなので、ガッテンに出てきた先生と同じように「コリコリ」とか「ゴリゴリ」とか呼んでいました。

ですからこの言葉を使わなくなって久しくなりましたし、私が買った本は絶版になってしまったものもあるくらいだったので、すっかり流行が終わったものだと思っていました。

そんなわけで、ガッテンに出てきたのにはビックリするやら懐かしいやら…でした。ペインクリニックのお医者さん方が利用し始めたのですね。

テレビでは分かりやすくするために非常に簡単そうに実演していましたが、実際はあんなもんじゃないだろうな…と思いながら見ていました。

《つづく》
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ブログネタ
気づき に参加中!
思い浮かべてごらん…

ここは「思い込み」の世界…

だから、みんな「思い込み」を持っていないといけない。


よりマシな「思い込み」を持つために、

より多くの「思い込み」を持つために、

人々は言葉を使って情報交換している。


「思い込み」とは、

分け隔てのないものを分け隔てること。

境い目のないものに境い目をつけること。

そして言葉とは、その境い目につけた名前。


だから言葉は、

「思い込み」をうまく伝えることができる。

「思い込み」をうまく言い表すことができる。


でも、どんなに言葉を費やしてみても、

「本当」を言い表すことはできない。


いや、言葉を積み上げれば積み上げるほど、

「本当」からはどんどん遠ざかってしまう。

《つづく》
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ブログネタ
科学 に参加中!
第5章「地球の年齢と古生物の発生について」を読みました。

ほとんどが古生物の進化について書かれておりますが、私はこういった内容をこの本には求めていないので、これについてはあまり言及しないでおきます。

気になった箇所だけ抜粋しておきます。

《以下引用》…進歩や急速な進化は、違う環境で成長した異なった種族の混じり合いや、遺伝的な改良における混乱があってはじめて可能になる、と考えるのが論理的なようだ。無性細胞は個体としての死を知らない。それは不滅である。しかし突然、有性生殖の時代を迎えるとともに、まったく新しく予知しがたかった循環的現象、すなわち個体の誕生や死が生じるのだ。受精をともなう有性生殖は、個体の不滅性を損なうものだが、ある種族を複雑なものへ進歩させていくのに、それが欠かせないことは明らかだ。実質の種類を混ぜ合わせ、すでに得られている形質を一まとめにすることで、遺伝に改良を加え、それを豊かにしていくことが必要だったのである。…《引用終わり》

《以下引用》…ある段階をすぎても生物学的な進化が続いたのは、ひとえに、空間的にも時間的にも制約のあるさまざまな個体のおかげである。…《引用終わり》

《以下引用》…かくして、すでに進化した個体の誕生は、種による違いこそあれ、一つの期間を経た後に、みずからの死を引き起こす。一個ないし数個の他の個体に生命を手渡したあと、みずからは消滅し、自分が奇跡的に脱してきた無機物の宇宙へと舞い戻るのだ。だから進化の見地からすれば、自然の最大の考案物は死であると言えるだろう。…《引用終わり》

《以下引用》…それ以降はつねに、つかの間の生命しかもたない個体を通じ、そしてこうした個体のおかげで、漸進的な進化が続いていく。…短命な個体が生物学的な進化の最初の要素を作り上げているわけだが、これはちょうど、後の時代において、心理学的な個体が精神の進化に欠かせない要素を作り上げていくのと同じである。…《引用終わり》

これから論を進める上での伏線のような気がします。

個体の死によって種の進化がもたらされたというのは、「死」に対するポジティブな捉え方の一例として面白いと思います。

DNAの中には細胞分裂の回数を制限する遺伝子(テロメアとか?)があるそうで、それが個体の寿命を決定する要因のひとつになるわけですが、その存在意義はこの辺りにあるのでしょうか。

個体の正常な成長過程でも、一部の細胞の死(アポトーシス)が必要です。それと同じように、種が進化・発展する過程においても、個体の死が必要だということなのかもしれません。

《つづく》
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ブログネタ
生き方を考える に参加中!
大乗起信論(岩波文庫版)
第四段「信心の修行(修行信心分)」まで読みました。以下、自分なりにまとめてみます。

信心には4種ある。

1.根本を信ずること(信根本)
心の真実のあり方(真如)を願い求める(楽念)。

2.仏は無量の徳性を具えていると信ずること
常に仏を思い、近づき、供養し、恭敬しつつ、善根を起こし、仏と同じ一切智を得たいと祈願する。

3.仏の教え(法)には大いなる利益があると信ずること
常に法を思い浮かべ、諸種の究極完全な行を実践する。

4.僧はよく自利の行、利他の行を実践するものであると信ずること
常に願って菩薩たちに親近し、如実の行を学ぶべく努める。(僧に対する戒め?)

修行には五門ある。その五門を通じて、信心を完成させる。

1.布施門(施門)
・財物を乞い求める人には、慳貪(ケチな心)を捨てて、自分の力の許す限り、分け与えなさい(財施)。
・災難に遭い恐怖する人、危険が迫っている人には、自分の力の許す限り、悩みと恐れを取り除いてあげなさい(無畏施)。
・教えを乞う人には、自分が理解しているのに応じて、教え(法)を説いてあげなさい(法施)。
・決して自己の名誉・利益、相手からの恭敬を求めてはならない。ひたすら自己と他者のために役立つことを念じ、その功徳をさとりに向け直す(廻向菩提)。

2.持戒門(戒門)
表現は若干違うのですが、十善戒を守る!ということでいいと思います。
十善戒とは…不殺生不偸盗不邪淫不妄語不綺語不悪口不両舌不慳貪不瞋恚不邪見

3.忍耐門(忍門)
他人から悩まされた場合、それに耐えて、決して報復を考えてはならない。利益と損害、不名誉と名誉、称賛と誹謗、苦と楽など、いかなる世間的評価にも煩わされず耐えること。

4.精進門(進門)
善事を成すに、怠ることなく、志を立て、決してひるまないこと。自ら利し、他を利益せしめ、速やかに諸々の苦からの解脱を心がける。諸仏を礼拝し、懺悔し、勧請し、教えに共感し(随喜)、得た功徳をめぐらす(回向)。

5.止観門(心の安定と正観の修行)
「止」(シャマタ)とは、心を安定・集中して、対象の相が現れないようにすること。
「観」(ヴィパシュヤナー)とは、諸々の現象の因縁によって生起する相(心生滅の相)を見分けること(分別因縁生滅相)。
これについては次回詳述。

《つづく》
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