トトガノート

「鍼灸治療室.トガシ」と「公文式小林教室」と「その他もろもろ」の情報を載せています。

2008年09月

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NHK に参加中!
NHK「爆笑問題のニッポンの教養#47」(9月16日放送分)を見ました。

怪談の研究者、しかも元は中学校の先生で、在職中に学校で流行っていた怪談に興味を持ったのが始まりというから面白い。世の中、いろんな人がいるものだな〜と思いましたし、こういう経歴の持ち主は知り合いになりたいですね。

学校の怪談の場合、場所はトイレが圧倒的なのだそうです。私たちの場合「赤マント着ますか?」だったと思うんですが、全国的には「赤い紙と青い紙、どっちにしますか?」が多いらしい。伝わる過程で、紙→マント、青い紙→消滅、という変化が起きたのか?

「えんがちょ」と言って人差し指と中指をクロスさせるのが一般的らしいのですが、私の小学校では「タイム」と言ってピースするだけ(クロスさせない)でした。かなり簡略化されたらしい。

妖怪は人々の思い(怨念?)のようなものが擬人化されたもので、日本人はこの思いを畏れる気持ちが強いのではないか?という太田理論も興味深かった。神様もそういうものじゃないかと私は思っています。

昔のボットン便所に比べたら、今の水洗トイレはとてもシンプルです。バリアフリーにまでなると、妖怪が潜む場所もなくなってくるかな…面白みが無くなってきたな…

と思っていましたら、先日あるおうちのトイレを借りた次女(2歳)が、自動で開いたトイレの便座を見てビックリ!お化けだと思ったようでした。

《つづく》

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悟りへの道 に参加中!
左右の体のバランスとか、背骨が曲っていないかとか、骨盤が歪んでいないかとか…気にしている人はとても多いです。「あなた曲ってますよ。」なんて言われたら、確かに気になるのは当然かもしれない。

この仕事をするようになってから思うのですが、顔でさえ左右対称の人はいないのだから、背骨だって骨盤だって左右対称ということは無いんじゃないかな?という疑問。

だから、背骨や骨盤の矯正を至上命題としている治療法が多々ありますが、もともと左右対称でないものを無理矢理左右対称にして、大丈夫なの?という疑問です。

ちなみに私は背骨の矯正をすると、手が振るえたり汗が出たりという自律神経の症状が出るので、絶対に避けています。体もその都度、たわみながらバランスを保っているのではないかと思う。そのときそのときで、多少は右や左に振れるのがいいんじゃないかと。

物事は何でも中庸がいいと言われますが、中庸というのはまっすぐな姿勢を保つようなもので非常に難しい。ちょうどいい真ん中にいつもじっと固定しているなんて無理なんだと思う。時として右に振れたり左に振れたりしながら、動いているのがいいんだと思う。

私が子供のころは日本人は皆同じで個性が無い!という批判もあって、個性重視ということになり、「自分を発見して自己実現しよう!自己主張もしっかりしよう!」と言われましたが、今となっては自己主張を奨励するなど言語道断なほどジコチュウが増えている。子どもに付ける名前を見ても、利他的な生き方など望んでいないことが伺えます。

考えてみると、「自分を発見して自己実現しよう!自己主張もしっかりしよう!」というのはずいぶん偏ったメッセージです。「自分のことがしっかりできたら、周りの人を助けてあげよう!」という部分が欠けている。

利己だけではいけない。利他だけでもいけない。強い利己主義と強い利他主義を両方もった生き方がいいのだと思う。そうすれば、そのときそのときで、利己的行動も利他的行動も使い分けることができる。

体のバランスを気にする人は多いけれど、生き方のバランスを気にする人は少ない。

《つづく》

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こどもの教育 に参加中!
第二章「素敵なお母様への道」の前半を読みました。

「遺伝か、環境か」という章がありました。エジソンの言を参考にすれば、遺伝は1%で環境が99%と言えるかもしれません。

毎日わが子を見ていると、「親(自分たち)に似ているな」と思うことは多々あるので、遺伝が1%というのは低すぎる気もします。が、離れて暮らしているならともかく、我が家は接している時間が多い方だと思いますから、私たちの背中を見て真似しているところがかなりあるのでしょう。

環境(遺伝以外の要素)が圧倒的に大きいと考えることは有益だと言えます。そう考えなければ、子どもの可能性は生まれながらに決まっているのだということになってしまうから。夢も希望も無くなってしまいます。

それは、教育がいかに重要であるか、ということでもあります。

その教育には、「結果ではなく過程の努力を認めてあげること」「認め、ほめ、励ますこと」そして「期待してあげること」が大切である!と書いてあります。

《つづく》

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仙台 に参加中!
仙台では新しい商業施設が次々オープンします。皮切りが仙台パルコ、8月23日のオープンでした。私たちが訪れたのは9月17日。まだひと月も経っていない。ガイドを手にキョロキョロしている人がたくさんいたので、子連れの田舎者でも大丈夫でした。

人の感じがとても良かった。20〜30代くらいの人が多かったのですが、エスカレーターや通路で邪魔になっている私たちでも「お前たち邪魔だぞ光線」を感じませんでした。

20代前半くらいの若者(男性!)なのに、「かわいいな。子どもがいるんだから変なこと言っちゃだめだぞ」なんていう会話が後ろから聞こえてきました。

9階の窓に向って並んでいるイスの上でうるさく遊んでいるときも(写真参照)、20代前半くらいの女性が2人で話していたのですが、こっちを見てニコッとして手を振ってくれたり。

やはり、こういうところに来る人は新しいものが好きで来ているわけだし、新しいものに接して気分も高揚しているから、大らかな気持ちになるのかな…と勝手に分析していました。

10か月になるという赤ちゃんを連れたお婆ちゃん(といってもまだ若い感じ)に会いました。

「10か月だとまだ立っちしないかな?」と私。
「しないんですよ。這い這いは速いんだけど。」と不安げなお婆ちゃん。

「大丈夫ですよ。うちの子も誕生日前後でしたから。」
「そうかしら?」

「いろいろですから」
「そうよね、いろいろだよね」

…と、私もこんな会話ができるようになりました。

仙台パルコにて

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●* ブッダ倶楽部 *ハロー ブッダ ステーション *● に参加中!
「.密教の相承」の「二.真言密教の相承」「三.天台密教の相承」
「.真理の具現者」の「一.大毘盧遮那如来」
を読みました。

「真言密教の相承」より
真言宗の中にも、…相承系譜がある。日本においてはこれが唯一の密教の相承系譜のように思いこまれる場合もあるが、広くアジア全域の密教史を考える場合、それは数多くあるうちの一例にすぎないということを一応考慮に入れておく必要がある。


いろいろ微妙に違う密教の流れがたくさんあって、その中で日本に伝えられ生き残った(淘汰?)ものが真言宗と天台宗であるという捉え方のほうが確かに自然ですね。

「大毘盧遮那如来」より
…密教では現実世界の事象がことごとく絶対世界にほかならない(生死即涅槃、即事而真)という大乗仏教の基本的な考え方を継承し、発展させている。


ほう、これは大乗仏教の考え方なのか。

「大毘盧遮那如来」より
等流法身とは、…悟りに導こうとする相手と同じ姿になり、ともに悩み苦しみながら連帯意識をもたせたり、同じ姿で相手を打ち負かして畏敬の念をいだかせたりしたのち、仏法を説き、それに導き入れるわけである。…仏教以外のいろいろな神々とか、あるいは畜生とか悪鬼にいたるまで、すべて仏教化して、曼陀羅の中に取り入れ、密教の諸尊として崇拝するのは、この等流法身の考えかたのあらわれといえよう。


真言宗ではいろんなものを祀っている理由がわかりました。

「大毘盧遮那如来」より
われわれが神秘体験を得て真実を見る眼が開けると、この現実世界のあらゆるたたずまいとかできごと、見るもの聞くもの味わうものこれらすべてが絶対の価値をもつということがわかる。法身大日如来がつねに説法しているのだから、目ざめた人は、それをいつでも聞きとり、味わうことができる。だから密教は、対象とする人の宗教的な能力に応じて説きわけられた教えではなく、また長年月のきびしい修行をかならずしも必要とするわけではない。法身の常恒説法に気づいて、現実世界のありとあらゆるものが無限の生命力と価値といつくしみと活動を本質的にそなえていることを自覚しさえすればよい。


引用が長くなりましたが、気に入ったのでメモらせていただきました。

《つづく》

【きょうの健康9月号から】
・外来血圧140/90mmHg以上。
・家庭血圧135/85mmHg以上。

◆タイプ
・モーニングサージ型(早朝高血圧):夜間は下がるが目覚めるころから急上昇する。高齢者に多い。朝の脳卒中や心筋梗塞に関係?
・夜間高血圧型(早朝高血圧):夜間に上昇し、朝まで高い状態が続く。自律神経障害,睡眠時無呼吸症候群の人に多い。夜間の突然死の危険性が高い。
・職場高血圧:仕事によるストレスや疲労によって血圧が高くなる。医療機関では仕事から解放されているので、外来血圧は低い。仕事中に計ってみること。
・白衣高血圧:外来血圧だけが高い。治療の必要はない。

◆生活習慣の改善
・減塩:食塩摂取量「一日6g未満」が理想だが、日本平均は11g。一日3gの減塩で収縮期血圧が3mmHg下がると言われる。加工食品のナトリウム量という表示では、2.54倍すると食塩の量に換算できる。
・運動:1日30分の有酸素運動10週間で、平均11/6mmHg下がった例も。10分×3回でも良い。
・酒はほどほど。タバコはやめること。

◆血管を広げる薬
・カルシウム拮抗薬:全身の血管を広げる。確実な降圧効果。副作用はほてり、動悸、むくみ。
・A脅容体拮抗薬:血管収縮作用のあるホルモンを抑制。腎障害(たんぱく尿),糖尿病のある人に特に有効。副作用は少ない。
・ACE阻害薬:副作用は空せき,血管浮腫(唇やのどが腫れる)。他は前項と同じ。
・α遮断薬:交感神経の働きを抑える。前立腺肥大症,早期高血圧のある人に有効。副作用は立ちくらみ,めまい。

◆心拍出量を減らす薬
・利尿薬:ナトリウムや水分の排泄を促し、血液量を減らす。むくみのある人に有効。副作用は脱水,低カリウム血症,耐糖能低下(糖尿病),高尿酸血症(痛風)。
・β遮断薬:交感神経の刺激が心臓に伝わるのを妨げる。心臓の悪い人,若い年代で心拍数が多い人に有効。副作用は徐脈,ぜんそく。

◆二次性高血圧
・高血圧の8〜9割が本態性高血圧。それ以外がこれ。

◆副腎が関係する二次性高血圧
・副腎の腫瘍,肥大で血圧を上げるホルモンが過剰に分泌される。
・原発性アルドステロン症:アルドステロン↑。半数の人に低カリウム血症による夜間尿や不整脈,手足の脱力感など。3種類の薬を併用しても下がらない。腫瘍がある場合は腹腔鏡下手術で摘出する。肥大の場合はアルドステロンの働きを妨げる薬。
・クッシング症候群:コルチゾール↑。満月様顔貌,赤ら顔,にきび,中心性肥満(体幹に脂肪が付くが腕や脚は細い),月経異常,糖尿病。女性に多い。副腎腫瘍が原因の場合は摘出。下垂体腫瘍(ACTH(副腎皮質刺激ホルモン)の過剰分泌でコルチゾールが増える)の場合は上唇裏側を切開、副鼻腔の蝶形骨洞を経由して腫瘍を取り除く。
・褐色細胞腫:カテコールアミン↑。突然の頭痛,動悸,発汗,吐き気,めまい。突然血圧が上がり一気に重症化する。手術で副腎などの腫瘍を摘出。できない場合はα遮断薬を用いる。

◆腎臓が関係する二次性高血圧
・腎実質性高血圧:「糖尿病性腎症」や「慢性糸球体腎炎」などが原因。完治は困難。食事制限や薬で症状を抑える治療。
・腎血管性高血圧:血管が狭くなって腎臓への血流量が低下すると、腎臓はレニンを分泌。レニン-アンジオテンシン系が働いて血圧が上がる。血行再建術は太ももの付け根からカテーテルを挿入、バルーンで血管を膨らませる。薬は、A脅容体拮抗薬やACE阻害薬でレニンの働きを抑える。脂質異常症や糖尿病による動脈硬化が原因であればその治療をする。

◆その他の二次性高血圧
・甲状腺機能亢進症:甲状腺ホルモン↑。ホルモンの分泌を抑える薬や、甲状腺の一部を摘出する。
・薬剤性高血圧:非ステロイド性抗炎症薬,経口避妊薬,甘草を含む漢方薬などが原因で血圧が高くなることがある。薬の変更などで対処。

《つづく》

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木全徳裕さんの本からです。

インドの大学教授の話。
「国力を高めるには高いレベルの技術者が必要であり、数学があらゆる技術の基礎だという共通認識がある…高度な教育が行われ、激しい競争があるからこそ国際レベルで通用する技術者育っていく。カリキュラムをやさしくするなんて誰も考えないよ」落ちこぼれを出さないために敷居を低くする、という発想は普通思いつかないですね。ダメなことが目に見えている。最近、やっと見直しの機運があるようですが…

これは私見ですが、教育界で「偏差値」という指標を使っているということは、子どもたちの成績分布はおおよそ正規分布に従うと考えていることになります。落ちこぼれが出ないくらいにカリキュラムのレベルを下げるということは、あの尖ったクラゲのようなグラフの下の裾に合わせるということ。でも、あのグラフは無限遠までゼロにはならなかったはず。だから、「一人の落ちこぼれも出さない」ためには、無限にレベルを下げなければいけない。最終的には、カリキュラムを全廃すればいいことになります。国が教育を放棄することになる。

文科省の方々は頭のいい人ばかりなのでしょうけれど、教壇に立った経験がある人はどのくらいいるのでしょうか?頭が良くても経験がなければ素人です。数年の実務経験を義務化する必要があるんじゃないでしょうか。

「落ちこぼれが出ているから、目標レベルを下げる」という行為は、「厚生年金を算定するための標準報酬月額が改ざんされた話」と同じで、役人が自分の成績を上げるためだけにやる不正です。誰も幸せにならない。皆を不幸にし、国力を削ぐ行為です。

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爆笑問題 に参加中!
NHK「爆笑問題のニッポンの教養#46」(9月9日放送分)を見ました。#44が科学の立場からニッポン人を追ったものとすれば、これは文明の方からニッポン人を見つめ直したものと言えるかもしれません。

日本という国というか、枠組みを作るということ。それは、かな文字を作ったり、各地に伝わった伝承をまとめて(統一して)神話を作ったりという時代にまず高まりがあったと思います。そして「日出る国」という聖徳太子の外交へとつながる。

現代の日本ができたのは明治期だというのが子安さんの意見のようでした。各地にバラバラにあったものをニッポンという名の下にまとめていく。これは必要な作業なのでしょうけれども、弊害もかなり多い。

明治期にその作業を行ったからこそ欧米列強に食われずに済んだと言えるでしょう。でも、その作業が世界でも珍しいほど成功したがゆえに大東亜戦争という形でリバウンドが来たとも言えます。

「各地のバラバラの文化をひとつの名の下にまとめる」ということの弊害は、市町村合併で考えると身近で分かりやすいかもしれません。

我が東根市も、いくつかの町と村が合併して50年前に出来上がりました。しかし合併以前から、それぞれに名所・旧跡・特産品というのがあったわけです。それが東根町に吸収合併ということになると、それ以外の地域の名所・旧跡・特産品は正統なものではないようなニュアンスができて埋没してしまう。

明治期の作業に関しても、当然新政府中心で行われましたから、それに逆らった東北地方にとってはつらい時代の始まりとなったのかもしれない。

まあ、その逆境をいかに転じることができるかが、我々に課せられた務めとは思います。第二次大戦敗戦国を継承する我々、という点でも同じですね。

《つづく》

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こどもの教育 に参加中!
14日から書いている木全徳裕さんの著書ですが、印象的なところがポツリポツリあるので、別枠で取り上げることにしました。

自分の子供を問題児扱いしているヒステリックなお母さんのことが書いてありました。木全さんは問題はお母さんの側にあると判断。お母さんの教育に取り掛かります。

「とことん、話し合おうじゃないですか!」と言って、3時間半に渡る議論の末、そのお母さんは「先生の言葉はしょせん理想論に過ぎません」と反発したとのこと。それに対して…

「確かに理想論かもしれません。でも、それができるようになりたいと思って努力していたら、半年、一年経って、ふと自分を振り返ったとき、子どもへの接し方のレベルが向上しているものなんです。…」

ここ、原文では太字になっていないのですが、気に入りました。前に人間とパソコンは似ているということを書きました。

パソコンは別のアプリケーションをインストールすれば、全く別の仕事をする機械に化けます。マイナーチェンジをダウンロードして、日々アップデートしています。

大きな脳を持っている人間も、思考を変えて、別のことに挑戦して、全く別人のようになることができます。それが、人間という種の最大の特長だと思います。教育の必要性・重要性もそこにある。

だから、いつでもいつまでもいくつになっても、理想に向かって進んでいなければ人間足りえない。理想を遠いところに置いたままにしていてはいけない。いくつになっても、理想に向かって、変化し続けなければいけない。少しでもいいから。

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★くもん・公文・KUMON★ に参加中!
第一章「子どもたちへの真の財産とは「教育」」を読みました。この章は問題提起ですね。今の日本の教育、これでいいのか!

チャレンジ精神がない。実現するまで夢を諦めないゾという気概がない。今の日本の若者、みんながそうでじゃないだろうけど憂えるべき現状です。挑戦心や忍耐力を育てて、自己肯定感を持たせることはできないのか…

インドでは、小学校低学年の間に[9×9]までのかけ算にとどまらず、[20×20]までを暗算で覚えさせる…数学の分野でも、日本と比べると…インドのほうが1〜2年、先に教えます。…インドの数学教育は、わが国の…文部科学省の新学習指導要領とは、まったく対極にあります。

そして今、インドの大学の卒業生は世界の企業から引く手あまたの状態というわけです。「落ちこぼれ」を出さないように学習量を減らすというのは、国としては自殺行為なんですね。

このことに気づき、実践し、成果を上げたのが、長岡藩の米百俵の話です。これをもう一度、思い起こさなければいけないところに来ているのですね。

《つづく》

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