トトガノート

「鍼灸治療室.トガシ」と「公文式小林教室」と「その他もろもろ」の情報を載せています。

2008年03月

量子というミクロの世界から宇宙というマクロの世界まで取り上げ、ついに意識の問題に至りました。何事よりも、これが最も根本的なテーマかもしれません。宇宙とか原子とか考えるのも、物とか心とか区別するのも、意識ですから。意識というスクリーンに投影されたものだけを私たちは認識しています。

第三者的な方法を取る科学は、皆の意識の最大公約数しか扱えないものと言えます。最も身近で、最も根本的な部分には、科学は全くお手上げなんですね、少なくとも今のところは。

私も十年ほど前にこのことに気づいて、買った本が「ペンローズの量子脳理論」です。久しぶりに書庫から引っ張り出してみたら、訳&解説が茂木健一郎さんでした。相対論,量子論,ゲーデルの不完全性定理など私の好きな言葉が目白押しで、再び読んでみたくなりました。

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最近の政治、私が一番気になるのは、福田さんが小沢さんの名前ばかりを呼ぶことです。先に進まないのも小沢さんのせいにしようとする。小沢さんさえ「うん」と言えばいいという感じ。総理就任当初からそうでした。

民主党にポリシーがあるとは思わないのですが、強気でいられるのは世論調査の結果があるからです。「内閣不支持」「ガソリン暫定税率廃止賛成」「一般財源化賛成」となっているから、選挙になっても構わないわけです。

だから、福田さんの戦略としては主権者たる国民を説得するしかないはずです。最初から小沢さんなんか無視して国民を相手にすれば、少なくとも私は支持したかもしれません。密室でコソコソ決めてしまおうとしたから「この人は昔の政治家だな」と失望してしまった。

周囲の反対を押し切って記者会見を27日に開いたようなのですが、「本来ならば与野党協議の場で言うべきところ」とおっしゃっていたから、「この会見は小沢さんに対するメッセージであって、あなたがた国民が相手ではない」と言われた気がしました。

「予算に穴が開いてしまうのをどうするつもりか?」としきりにおっしゃっていましたが、どうせ無駄遣いされるお金なら、穴が開いてしまった方がいい。(無駄遣いが発覚したのに関係者を即座に処分しないということは黙認であり、再発は十分有り得る。)まあ、これも小沢さんに対して尋ねていらしたので、私の意見などどうでもいいでしょうけど。

「ねじれ国会」は異常事態だと言いますが、国民の方を向いていない政権の動きを封じているわけです。国民主権のためのバリエーションのひとつと捉えるべきではないでしょうか?

改革が求められているのですから、総理には自分から前例のない局面を作っていく気概が欲しい。「こんなことが許されるんでしょうか?」とかつぶやくだけで、オロオロしているだけだったら、日銀総裁と同じに総理も空席でいいような気がする。

福田くん、そろそろ頑張ろうぜ!

今年はオリンピック・イヤーということで、選手とコーチの物語が紹介されることが多いです。コーチというのは、選手よりも年長で、選手を厳しく指導します。しかし、コーチと選手がその競技を争ったら、選手が勝つはずです。自分よりも上手なはずの選手を指導する。コーチとは難しい立場ですね。

これを踏まえて、次の映像をご覧ください。次女のトイレ・トレーニングを長女が担当しています。「ウンコができるかな?」でも、この撮影の時点で次女は一回だけトイレに「大」をしています。これは2回めの挑戦なのです。ところがコーチのお姉ちゃんは、まだ「大」をオムツにしかしたことがありません。

コーチだから、それでいいんです。ん?そうかな?

家電製品の機能向上に自動車部品メーカーの技術が一躍かっているという話を新聞で見つけました。自動車の販売が落ち込む傾向にあり、部品の単価も下落傾向にあるとのこと。新しい分野を開拓する必要に迫られているというわけです。

洗濯乾燥機にはサスペンションの技術を使い、振動を吸収。パソコンのハードディスク保護には自動車部品に使われている特殊ゴムを使用し、衝撃を吸収。介護ベッドやマッサージチェアにはカーシートの技術が応用され、利用者の姿勢に応じたいすの傾き調整。住宅用シャッターにはパワーウィンドーの挟み込み防止技術を採用し、安全性を向上。

我が家では一年ほど前からエコキュートの給湯器を使っていますが、カーエアコンの耐圧技術が生かされているそうです。二酸化炭素に百気圧もの高圧をかけて発熱すると、とてもエネルギー効率がいいのだそうです。説明書に「高圧力型」と書いてありましたが、そのことかもしれません。

家電製品はグレードが高いと機能満載になります。これが便利かというと必ずしもそうではない。いろんな機能を選ばなければいけないので、リモコンや操作パネルのボタンがパソコンのキーボードのようにいっぱいになります。結局、ほとんどの機能を使わないことが多い。うちは、グレードの低いものを狙って買っていますから(財布の都合ということもありますが)、そういうことはあまりありませんが。

そういう意味で、自動車部品メーカーを巻き込んだ家電製品の機能向上は、基本性能のアップにつながっているものが多く、良いことではないかと思います。

先日、いただき物やなにやらでイチゴのお菓子がそろいました。

1.フルッティアさんのポンチッチ
これはイチゴだけではありませんが、ひとつひとつ果肉のしっかりした果物が使われていて、素材にこだわっているな〜という感じを受けました。果物の酸味を隠さない上品な甘さ(下品な私には少々物足りないが)です。

2.八右エ門さんのいちご大福
いちご大福はおいしいのとおいしくないのとにはっきり分けられます。おいしくないのは「何で大福の中にイチゴなんか入れるの?」という疑問を抱かせる。おいしいのは何も疑問を感じずに「うまい!」の一言。もちろん八右エ門さんのはおいしい方です。

3.築地ちとせさんの春摘みいちご
姪っ子の東京土産。籠の中に入っていて、体裁が良かったです。娘たちは籠が気に入ったようで、しばらく遊んでおりました。

写真は、2と3のお菓子。そして、獣のようにお菓子を食べる娘たちです。

イチゴのお菓子
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最も健康的な睡眠時間の研究結果が先日発表されたようです。以前にも発表されましたが、肥満になるとか糖尿病になるとか、いろいろ言われているようです。7〜8時間のあたりが良いようで、長くても短くても不健康になってしまうようです。

でも、正味何時間寝たかって正確に分かるんでしょうか?つまり、何時何分に眠りに就いたかって分かりますか?こういった調査はどんなふうに行われるのかわかりませんけれども。そこで、(私の)就寝時刻を推定する方法を考えました。

(あくまでも私の場合ですが、)90分の睡眠のサイクルがきちんとしているようです。脳梗塞の予防のために就寝前にコップ一杯の水を飲むことにしているのですが、もともと私はオシッコが近いのです。だから、夜中に一度か二度、必ずトイレに行きます。そのとき時計を見るのですが、床に就いた時刻からオシッコに起きるまでの時間、あるいは一度目に起きた時刻と二度目までの時間、これが90分の倍数になっています。

例えば午前零時に床に就いたとすると、1時30分、3時、4時30分、6時、7時30分の前後で起きます。だから夜中にオシッコに起きた時間から逆算すると、眠りに就いた時刻が推定できるのです。

余り皆に役立つものではないと思いますが、90分の睡眠サイクルを守って眠るのは意味があるような気がします。そんなわけで、6時間(4サイクル)か7時間半(5サイクル)眠るように心掛けています。

ウルトラセブンの第26話「超兵器R1号」は、地球防衛軍が開発した新兵器R1号の宇宙実験を行った結果、実験場所となった惑星に住んでいた生物が巨大化し、地球に復讐に来るというストーリーです。昭和29年の「ゴジラ」のストーリーと基本は同じで、兵器開発競争に疑問を投げかけるというテーマがあります。

「超兵器R1号」では主人公のダン(ウルトラセブン)が、兵器開発競争を「血を吐きながら続ける悲しいマラソン」だと言うセリフがあります。ここでいうマラソンには、「延々とエンドレスに続いていしまうつらい競争」という意味合いがあると思います。

前置きが長くなりましたが、高橋尚子さんです。いろいろな意見が出ていますが、そっとしてあげて本人の意思に任せるのがいいと思います。勝負は分からないものですから、悪い結果であっても、頑張った結果であれば立派なものだと思うんです。無様だとか、言い訳すんなとか、言わなくていいと思うんですよ。

でも、時期はわかりませんが、いずれは引退されるでしょうね。そのときにはスポンサーがどうとかいうしがらみがなくなりますから、この東根(山形県東根市)を自由に勝ち負け抜きで再び走って欲しいです。第1回さくらんぼマラソンの前日、国道を走っている姿をお見かけしたような気がします。また、あの屈託ない笑顔で、さくらんぼを頬張ってほしいものです。

「近代生物学は競争だけを根本的な活動原理として認め、生きものの根本的な習性として攻撃性だけしか認めようとしない」というダライ・ラマの指摘は理解に苦しみます。ダーウィンはそうだったかもしれないけれど、今は違うと思います。近代と現代の違いなのでしょうか?

ダーウィニズムは、「競争」という要素を取り除くととても面白い考え方になると思っています。経験論的というか、結果重視というか…。現存する種が(現存しているという事実・結果を尊重して)適者だったのだと言い切ってしまうのは、私にはとても画期的に感じるのです。

例えば、「殺人はなぜ悪いか?」という問いに対する答えを私は知りません。「当り前じゃないか!」としか答えられない。「法律で禁じられているから」も根本的な答えにはなっていない。「神や仏が禁じているから」くらいが関の山です。

未だに私はダーウィン的手法でしか答えを見つけられません。つまり「殺人を禁じた文化だけが生き残ったのだ」ということです。

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生物と無生物の違いは何か?エントロピーがひとつのポイントだと思います。無生物はエントロピーが増える傾向があります。簡単に言うと、ほおっておけば部屋はどんどん乱雑になっていくということ。しかし、生物は逆の方向性を持っています。日々の代謝活動でも見られますが、私は進化の流れの中にも見られると思います。

単細胞生物から、個々の細胞がきちんと組織立って機能する多細胞生物に進化している。多細胞生物も更に進化を遂げて知能を身に付けると、社会を構築して大きな組織を作ろうとする。

無生物が生み出したエントロピーを、生物が消し去る役目を負っているようにも見えます。まるで、酸素を生み出す生き物と酸素を消費する生き物とがバランスを取らなければいけないように。

利他主義は、より大きな社会を構築する上で必要なものです。エントロピーを消し去るのに効果的なもの。生物進化の延長線上に位置づけられないものかとも思います。

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ともかく、この章の内容に関してはダライ・ラマと私の意見は正反対のようです。

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私は戦国時代の大河が好きなので、幕末でしかも大奥関係というと…ちょっとな〜。ということで、全然見ていませんでした。でも私がテレビを見るのはお客様の家での方が多く、しかも仕事中が一番じっくり見れるというトンデモナイ状況です。だから、見るつもりもない篤姫をじっくり見てしまいました。結構視聴率もいいらしいな、と思いながら。

幼なじみとして篤姫と仲が良かった男。心を寄せてはいたが言い出せずにいるうちに、篤姫は殿様の養女になってしまった。篤姫はその男の気持には全然気づいていない。そんな中で、半年ぶりにお城の中で再会することをお殿様がお許しになりました。

自分の気持ちを押し通せば、相手の幸せを妨げることになる。巡り合わせの中で、押し通すことがお互いの幸せにつながる恋と、そうでない恋があります。残念ながら、後者の方が圧倒的に多いですよね。

俺も結構つらい思いしてきたかな〜
男の側にすっかり感情移入してしまって、声がつまりそうになりながら施術でした。

これ、大河ドラマというより恋愛コメディなんじゃないか?

年に何回かに分けて児童手当というお金が振り込まれます。多額ではないにしても助かります。子育て家庭を支援するのであれば、こういう使途を限定しない現金支給が一番いいと思います。

公費で保育園などを建てて運営したり、補助金を出したりするのであれば、その予算を全て子育て家庭にばら撒けばいいと思う。そのお金で、働きに行かなくてもよくなるお母さんもいるだろうし、あるいは延長保育を頼んで働けるお母さんが増えるでしょう。そうすれば、必要に応じた数だけ、必要に応じた形式の民間の託児施設ができてくると思います。経営が苦しい施設が多いと聞きますが、子育て家庭が潤えば利用料の値上げも可能だと思います。託児施設に対する補助金の不正受給の問題も無くなる。

介護保険も含めて、原則として現金支給にするという方向性はないのでしょうか。納税者に返すだけなのだから、簡単だと思うのですが。

ところが現実は現物支給が多いし、検討するにしてもバウチャー制というのが多いですよね。なかなか現金支給という方向に議論がいかないのは、「子育て」なり「介護」なりの名目で支給されたお金が別の目的で使われるかもしれないと疑っているからでしょう。

だけど、何度も言うけど、税金払ったのは我々なんだからね!と言いたいのです。民間人は、自分で稼ぎ出したお金の一部を差し出しているんだぜ!と。お役所ってのは自分では一円も稼ぎだしていないで、税金として転がり込んできたお金を使うだけだろ!と。だったら、納税者を疑うのは失礼というもんじゃないでしょうかねえ?

で、今日はここからが本題なんですけれど、「○○が絶対必要だから、それ買うためにお金ちょうだい!」と子供に言われてお金を渡した。ところが、○○も買ったけれども、それ以外の物もこっそり買っていた。さらに○○はそれほど必要なものでもなかった。ということが分かったら、どうですか?

こんなふうにねだられて「今回だけだよ」と暫定的にお金を渡したことがこれまで何度かあったとしましょう。子供がまた同じ手を使ってねだってきたら、親はお金を渡すべきなのでしょうか?今度こそ本当に○○が必要だとわかったとしても「今まで渡したお金が余ってたでしょう?無くて困るのなら、せいぜい困りなさい」と言って、困らせます、私なら。これを許してしまったら、まっとうな人間に育たなくなると思うから。

この理屈でいけば、たとえ地方に道路が必要な地域があったとしても、「暫定」を自動的に延長するのには賛成できません。一般財源化という方向はあるにしても、このまま自動継続はおかしい。

これは予算通り現金支給しているから、こういうことになるんじゃないだろうか?道路を作ったら道路の請求書、マッサージチェアを買ったらその請求書、旅行したらその請求書を、別な機関(たとえば財務省)に渡し、その機関が業者にお金を支払うというシステムにしてはどうか?支払いに際しては必要かどうかの審査が行われ、認められないものは支払わない。マッサージチェアとか旅行は自腹になる。

道路特定財源というのであれば、道路バウチャーチケットというのを発行して、本当にそれ以外の用途では使えないようにするのもいいと思います。

とにかく改革が必要なのですが、あのオジイチャン内閣では無理でしょうね。敵前逃亡したお坊ちゃま内閣を、落し物を拾うようにして始まった暫定政権だから、「暫定」とつくものは「自動継続」にしないと自分が危ういということなのでしょう。

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