トトガノート

「鍼灸治療室.トガシ」と「公文式小林教室」と「その他もろもろ」の情報を載せています。

2008年02月

アニメのロボットと言えば小学生の頃にマジンガーZシリーズに夢中になったものですが、そのあとは余り夢中にもならず、高校の頃は専らウルトラセブンで、ガンダムはほとんど見たことがありませんでした。

だから、この曲を仙台のヨドバシカメラの店頭で初めて聴いたとき、何という曲か全然わかりませんでした。何度も繰り返し流れていたのですが、曲も歌詞も歌声もとても気に入ってしまって、しかし店員に尋ねる勇気もなかったので、そのままでした。エヴァンゲリオンと関係があるらしいとわかったのはそれからずいぶん後の話で、それでもガンダムとエヴァンゲリオンを混同するような始末でした。

そんなわけで何年も恋い焦がれながら連絡が取れないでいた片想いのこの曲に、YouTubeをいじっていたら先日バッタリと出くわしました。それからというもの、お気に入りにいれて毎日聴いています。著作権とかの問題で視聴できなくなったらどうしようと心配しながら…

よかったら聴いて下さい。「残酷な天使のテーゼ」です。YouTubeって、本当にいいもんですね〜

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科学に興味を持ち始めたダライ・ラマに、あるアメリカ人女性がした忠告は私も面白いと思いました。「科学が宗教を殺す」ということ。神は死んだそうですが、殺したのは科学なのかな…と私も思っています。

ただ、だからと言って科学に近づくのを恐れてはいけないと思います。科学をこれ以上野放し状態にしておくことは全人類にとっても危機です。「科学は人類をも殺す」だろうから。ダライ・ラマの勇気をたたえたいです。

私見ですが、科学とは客観性(あるいは再現性)のある事象から帰納的に真理を探究していくもの。宗教とは、人を幸せにする真理を示すもの(あるいは探究すべきもの)。そして真理とは絶対普遍のものなどあり得なくて、時代とともにあるいは人とともに相対的にあるものです。昔と現代で違うし、科学者と宗教者でも違う。だからこそ、歴史を振り返り、いろいろな分野の人と影響を及ぼしあいながら、永遠に追及し続けなければいけない。

さてさて、先が楽しみです。

つづき(20%)から見る

ダライ・ラマ科学への旅―原子の中の宇宙
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えーっ、昨日ノンさんから投稿いただいた脳内メーカーとかいうやつです。この欄には表示できるみたいです。

でも、これ何でしょう?知ってる方、教えてください

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灯台もと暗しというか、イージス艦もと暗しと言いたくなる事件がありました。それから、戦後60年以上経つというのに沖縄のアメリカ兵はまだ占領軍気取りのようです。軍人が味方の民間人に危害を加えるというのはとんでもないことです。60年前なら本当に切腹かピストル自殺したことでしょう。それくらい恥ずかしいことだと思います。

こういうことは私たちの体の中でも起こります。私たちの体を外敵から守る働きをする免疫系が、正常な細胞を攻撃してしまうのです。自己免疫疾患と言います。膠原病が有名ですね。関節リウマチはその一種に分類されます。これには、まずステロイドが投与されると思います。免疫系の活動を抑えるしか、さしあたっての対処法はないはずです。国で言ったら、防衛予算を削減して活動エリアも制限することでしょう。

国の病気と人の病気では治し方が少し違うかもしれませんが、難病であることは間違いありません。
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次世代DVDの規格争いでブルーレイが勝利した!ということなのですが、これをどうこう言う前に皆さんにお聞きしたいことがあります。現在使っているDVDって調子いいですか?

書き込んでも読めない。書き込みがうまくいったりいかなかったり。読み込みもできるプレーヤーとできないプレーヤーがあったり。こういう不安定な状況はCDの読み書きでは起きませんでした。でも、みんな文句言わないで使っているから自分の使い方が悪いのかと思っていました。

ところが、新聞に山根さんが書いてくれました。「劣化で読めなくなる記録型DVD」。山根さんは経年変化を問題にしているようですが、山根さんが記事中で紹介しているデジタルコンテンツ協会のレポートでは「書き込み後にエラーレートを測ってうまくいったかどうか評価すべきだ!」と書いています。そして、エラーレートが悪い場合には別なドライブを使って書き直すべきだと。

このレポートは、公的機関や医療機関などでの絶対に消失が許されないようなデータをDVDに記録して保存してて安心なのか?という観点で調査されていると思います。しかし、お茶の間の奥さまの見たい番組も大切にすべきではないだろうか?「パパ、これ録っておいてね」と頼まれて、いざ見ようと思ったら見れない!となった時に怒られるのはパパなのだから。

「DVDに録画できます」と宣伝して売っているんだから、家電量販店で売っている安いDVDデッキにも録画後にエラーレート測定をする機能を標準で付けるべきなんじゃないだろうか?と思いました。現世代DVDは実用レベルとは言えない代物だ!メーカー側が見切り発車して製品化したんじゃないか!?と言われても仕方ないのではないでしょうか。

山根さんはCDさえも疑っていて、大切なデータは全てハードディスクに保存しているそうです。しかも2台に同じデータを保存しているとのこと。私も、自分が書き込んだDVDの山を見つめてため息をついているところです。

次世代DVDはさらに高密度にデータを記録するわけですから、現世代DVDよりもデリケートであることは使ってみなくても想像できます。つまり上記の問題がもっとシビアに浮かび上がってくるでしょう。ソニーさんも東芝さんも勝った負けたという前に、もっと足元を見つめて欲しいものだと思います。
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観世音菩薩普門品第二十五では、観世音菩薩について語られています。観音経として単独で用いられることが多いようです。怪人二十面相の約1.7倍の変装能力(?)を持ち、ピンチに際してその名を呼ぶ人あらば、いつでもどこでも最適な姿に変身して現れるスーパーヒーローです。ヒーローの原点がここにあるように思います。

ただ、ウルトラセブンでさえそうなのですが、正義を遂行することは非常に難しいことで、その時のピンチから救ってあげることが本当にその人にとって良いことなのか?というジレンマに必ずぶち当たるはずなんです。勧善懲悪の無敵の超人のお話は痛快でいいのですが、人生はそう単純にはいかない。それに対処する術を私は仏教に求めるいるので…まあ、ヒーローが仏教にも必要だったということでしょう。

以下、陀羅尼品第二十六妙荘厳王本事品第二十七普賢菩薩勧発品第二十八と続いて終りになります。

いろいろ諸説あるようですが、仏教が衰退していく中で布教活動を盛り返すために作られたものという感じを受けました。分派してしまった教団をひとつにまとめて、布教を強化しようという意図が強く感じられます。何度も最高の経典であること、この経典が奇跡の力を持っていることが強調されています。この経典をよりどころとしている宗派の強さはここに由来しているのでしょう。

他の経典も読んだ上で、気になったらまた、この経典に戻ってきたいと思います。

目次(10%)を見る
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鍼とか灸とか(マッサージも含めて)くせになるからしない!という方がいらっしゃいます。一度やってしまうとしないではいられなくなると聞いたからしないのだと。

確かに「それまで全然肩こりを意識していなかった」「自分は肩こりをしない人だと思っていた」のに、施術してもらってコリを指摘されてから気になるようになったという方は結構いらっしゃいます。

私は症状が出る前の施術をお薦めしてますから、その必要性に疑問を投げてくださる方は少なくありません。そんなときは部屋そうじに例えることにしています。

今すぐしないといけないというものでもありません。しなければしないでも、ある程度は何とかなります。綿ゴミが溜まっても窓を開けると風と共に飛んでいくこともあるから、隅々のほこりはともかく、部屋の真ん中あたりはそうじなんかしなくてもなんとかなるのです。

一念発起してそうじを始めてみると、部屋の汚いのが目立つようになります。そうじをする習慣がつくと、ほこりが落ちているのが気になってしようがなくなったりします。そうじがくせになります。部屋をいつもきれいにしていれば、いざお客さんが来ると言われても焦る必要はありませんね。

予防のための鍼灸は今すぐしなければいけないというものでもありません。しなければしないでも、ある程度は何とかなります。軽い運動をしたりすれば、隅々の血行不良はともかく、動きのある部分に関しては手入れなどしなくてもなんとかなるのです。

ただ、体はその部分ごとにいろいろな事情がありますから、全体の血行が一様に保たれているとは限りません。たまたま血行が良くないところに急に負担がかかったりすると、痛くなって動けなくなることがあります。これが、いざお客さんが来た状態ですね。

そんなわけで、定期的にやっといた方がいいとお薦めしています。施術は「気持ちよさ」をなるべく大切にしておりますので、くせになるということは十分考えられると思います。でも、薬物と違って副作用はありませんし…くせになっちゃいけないんですかね?
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ambivalent…この言葉、最も好きな言葉のひとつです。宇宙の本質を言い当てているような気がするから。

光は波なのか粒子なのか…小学生の時、百科事典で調べました。どちらも本当とのこと。実験によって波の性質が観測できるものと粒子の性質が観測できるものとがある。つまり、答えは尋ね方によって違う。光とは気難しいものだなあ。

私は波なのか粒子なのか…同級生に光君がいました。私の名前にも光が付く。そして私も含めてこの世のものは全て原子という粒子でできているらしい。でも、これも実験のやり方で波の性質が出てくると習った。私も尋ね方によって、波になったり粒子になったりするらしい。そもそもそんな実験をしなくても、私は気難しいらしいが(家内談)。

おそらく、宇宙というのは何も無いのだ。有るとも無いともおぼつかない媒質くらいは有るだろう。それが振動している。振動が止まれば、私たちは宇宙ごと雲散霧消してしまう。そんな空しい存在。まして、そこに境目など無い。同じものが振動しているだけの波に境目などあるわけがない。

でも、生まれ落ちるとは境目をつけること。境目をつけることによって、自分という存在を確認できる。私たちは必死になって境目をつける。これは私、それはあなた。これは私のもの、それはあなたのもの。これは私がしたこと、それはあなたがしたこと。私たちは必死になって妄想を創り上げていく。

それは、境目のないものを区別する空しい作業。全ての苦しみはそこから生まれる。波と知りつつも、時として粒として生きなければいけない。でも、それがこの世の掟。この世に生まれ落ちるということ。

波としての自分と、粒としての自分。アンビバレントなまま、人は揺れ動く。それがこの世を生きるということ…

露とおち 露と消えにし わが身かな 難波のことも 夢のまた夢
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宮内庁長官の発言が波紋を呼んでいるようです。近くに住んでいらっしゃるはずなのに、それしか会ってないの?という驚き。そして「嫁姑問題かな?」とため息をつく方が多いのではないかと思います。こういうプライベートな問題は触れるべきではなかったのでは?とも思います。

天皇家に嫁姑問題があるかどうかはわかりませんが、日ごろ社会勉強させていただく中で感じるのは、「仲がいい嫁と姑」などまずありえない!ということです。だから男としてできることは、まず第一に母と妻が仲よくすることなど諦めて、よその家庭の話を聞いて「そこよりもうちはマシだな」と思い、自分の母と妻に感謝することです。

「夫婦喧嘩は犬も食わない」と言いますが、同居している家族のいざこざというのはほぼ90%下らない内容です。下らないから解決できないのです。どちらが正しいとか間違っているとか決められません。どちらにも言い分があります。必ず水かけ論になります。

正しいか間違っているかの選択を迫られるわけではないので、岐路に立たされた男は決断できないのです。結局、親への孝を取るか、妻子への愛を取るか、なのです。そして苦しみながらも後者を取るのが「男の道」だと私は思います(もちろん、妻に著しい問題がある場合はその限りではありませんが、それはいわゆる下らない問題でこじれているケースではありません)。

だから、自分の卑近な経験と重ね合わせるのは大変失礼だとは思うのですが、「皇太子殿下頑張れ!」の気持ちでいっぱいなのです。次男の方が早く結婚が決まるとか、後継者にこだわる家ほど男児に恵まれないとか、身近で聞く話と天皇家の事情があまりにも似ているので、勝手に思い込んでしまっています。

お爺ちゃん、お婆ちゃん、お父さん、お母さん、みんな白黒はっきりしないまま、お互いに苦悩を抱いたまま暮すのが家庭なんじゃないかと思います。苦楽を共にするといいます。楽だけを求めて白黒はっきりさせようとすると皆が不幸になります。最終的に願うべきは子供の幸せです。

天皇家も典型的な一般家庭と同じような問題を抱えているかもしれない、ということが今回露見しました。やはり天皇は神ではなかった!でも、こんなことを言うと怒られるかもしれないけれど、この非常にプライベートな苦悩も、日本国民の象徴という務めのひとつかもしれない。そもそも宮内庁長官が言及したのだから、これは公務である。

ともかく願うべきは、ひとえに愛子さまの幸せ。それだけが皆の願いです。
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ギョーザ事件以来、賞味期限とか消費期限よりも、どこで製造されたかを気にするようになりました。消費期限の偽装で大騒ぎになることは有っても、入院したという話は聞かないですよね。私も期限切れ後○年という食品に挑戦することがよくありますが、まだ入院したことはありません。

あるお客様が、アンコールワット観光から帰ってきました。お土産に現地(カンボジア)産のチョコレートをたくさん買ってきたそうです。私もそのチョコレートの箱を見せてもらいました。

フタには赤ちゃんを抱いてハンモックに眠る少女の写真。箱の裏には「カンボジア・夢見る時間」というタイトルの詩が日本語と英語で書いてありました。カンボジアで過ごす少女や少年のことが書いてあります。詩の下にはこう書いてありました。

流れる時の中で、人々はゆっくり生きています。
ようやく訪れたこの平和の時間を、かみ締めるように。
そんなカンボジアの優しさ、素朴さに触れてみて下さい。


内戦前は、カンボジアの胡椒は質の良さで有名だったそうです。内戦のために廃れてしまった名産品をなんとか復活させようと、クッキーなどに練りこんだ土産物があるそうです。それを開発したのは日本人らしい…

内戦の後にやっと訪れた平和。そこに平和だけれど慌ただしい国の人が住み着いた。その慌ただしい国から訪れた人たちに贈るメッセージ…そんなことを考えながら、私も、日本製に比べたら決して見栄えがいいとは言えないチョコレートをいただきました。

チョコレートの香りは、かなり違和感があります。粗挽きのペッパーがゴロゴロ入っていることもあります。「違和感」の一言に尽きるのですが、おそらく日本をよく知る日本人の手による物と考えると、単に異国のお菓子としては片づけられない気持ちになりました。

ある小さなお店でしか手に入らなかったそうです。正真正銘のカンボジア産。大きなお店にある土産物はたいていメイド・イン・チャイナだったそうです。

箱に書いてあるメルアドを紹介しておきます。
masako@sanctuary365.com
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