トトガノート

「鍼灸治療室.トガシ」と「公文式小林教室」と「その他もろもろ」の情報を載せています。

2007年04月

人生は、運と努力の掛け算ではないかと思います。運がゼロなら、いくら努力してもゼロ。逆に、いくら運が向いていても、そちらに目を向けなければ努力がゼロだから、やっぱりゼロ。そして、自分の運がどっち方向にどれだけあるかはだれにも分からない。多分、占い師にも。だから、例えぷち自営でも、リスクはきちんと覚悟しておかなければいけない。わたし流ぷち自営の極意は「夢にも成功すると思うな!」です。

はりきゅうの専門学校に通っているころ、主に授業中、ぷち自営のはりきゅうについてプランを練っていました。そして、あはき法(あんまマッサージ指圧師・はり師・きゅう師等に関する法律)の中に、出張専門という形態があることを知り、これにすることにしました。

出張専門ならば、車と携帯電話と基本的なはりきゅうの道具があればできます。治療院を建てたり、大きな機械を買ったりして、借金を抱えることはありません。車と携帯電話はどんな仕事をするにしても必要ですから、この仕事だけのために発生する出費ではありません。そうすると、カバンひとつに納まるくらいの道具を一式そろえればいいということになります。

完全予約制ということになりますから、予約が入っていない時間は何をしていてもいいし、どこにいてもいいのです。つまり、ほかの仕事をすることもできます。失敗を覚悟しているので、これは最も大きなメリットになります。

世紀末のある日、僕はこの世とあの世を結ぶような機械を探していました。その候補のひとつがオーラカメラでした。

ポラロイドカメラの前面(レンズと被写体の間)に小さな装置が付いていて、この装置からさらに線が伸びていて、2つのセンサー部につながっています。自分のオーラ写真を撮りたい人は、まずいすに座ります。そのいすの両脇にはセンサー部が置いてあり、手の形をしたセンサー部の電極に合わせて、両手を置きます。そしてカメラの方を見たところで、パチリと撮ってもらいます。

センサー部で体の電気抵抗(インピーダンス)を測定し、その情報を基にカメラの前面の装置の中のLEDか何かが光って、オーラのような映像を擬似的に作り出す、という仕組みのようでした。

オーラそのものを撮影しているわけではないので、厳格な人はインチキ呼ばわりしましたが、僕は寛容な立場を取りました。なぜなら、ちまたに出回っている体脂肪計もインチキだということになってしまうから。

このカメラの開発にあたって、オーラが見えるという人を数人集めて機械を調整したと聞きました。それが本当であれば、体脂肪計も体のインピーダンスとの相関関係から算出しているわけで、開発の手法は似ているのです。体脂肪計も、説明書も読めば書いてありますが、体脂肪そのものを測定しているわけではないので、かなりの誤差が含まれます。

そして、体脂肪もオーラも、女性が興味を持つというところが似ていました。


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武道と禅との強い結びつきに、最近とても興味を持っていました。武道の精神性が高められたという評価を私なりにしていました。が、体が無ければ始まらない武道家と解剖学者には、ゆゆしきことのようです。

文明や文化の創造は、脳という器官でのみ行われると言っていいでしょうから、文明化は唯脳化につながることになると思います。文明化が私たちの健康破壊や自然破壊につながる理由は、そこにあると思います。でも、脳という器官の最大の長所は、過ちに気づき、悔い改めることができることです。体を見つめ直すことには、そんな意味合いがあるのかもしれません。

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メール便を始めてから、もうすぐ11ヵ月。桜の季節は経験していなかったのだと、今日気づきました。蕾の先から少しだけ薄いピンクの花びらがのぞいているのを見て。

ここにも桜があったのだと、毎日通っている道で見つけるのはとても楽しいことです。毎日変わり映えしなかった風景が、これから数日間、毎日変わっていきます。

義兄の腰に針と灸をするところを長女が見ていました。お灸に線香で火をつけていたら、ハッピーバースデイ♪ツゥーユーと歌い始めました。

見れば、大きな腰の上に針がローソクのように林立していて、そこに火をつけ始めたのですから、そう見えなくもありません。みんな大爆笑です。

「あかり消して、フゥーってしようか?」と言ったら、彼女も調子が乗ってきました。

「おめでとう!パパくん!ケーキ食べようよ。」

今日は5月の価格を決定しました。2月の消費者物価指数(生鮮を除く)は99.4。触察料は、1676円となります。また、鍼灸の一体位あたりの追加料金を90円から100円に上げさせていただきます。

3月の客単価は、平均1908円(1200〜3400円)でした。

自分は、ひとつのことに熱中したい時期と、いくつかのことを冷めた目で同時並行的に行いたい時期とがあります。そして、ある程度続けると別なことをしたくなります。友人からは「今の若いものみたいなわがままを言うな!」と言われました。これは確かにわがままですが、人間の本性(煩悩?)でもあるように思います。

こういうわがままを満たすには、いくつかの仕事を手がけるしかありません。そこで、複数のぷち自営を組み合わせるのです。仕事は安定しないのが普通ですから、複数組み合わせることである程度の安定性を確保できるというメリットもあります。
こういうやり方は、若いもののわがままを満足させられるかもしれませんから、フリーターとかニートの問題の解決策になるかもしれません。

そして、こういうやり方は昔の田舎では当たり前だったのではないか?と思います。つまり、決して新しいものではありません。

世紀末のある日、T君と僕は街頭でオーラ写真の撮影をやっていました。セガのオーラ写真倶楽部も当時ありましたが、わたしたちが使った機械はアメリカ製で、ポラロイド写真として出てくるものでした。

あるお店の前を借りて、そこで2週間ばかり行いました。T君は怪しい会合には必ず現れたので、怪しい情報の交換はよくしていましたが、普段はどこにいるか分からない人で、電話をかければ「お客様の都合で・・・」と録音が流れるし、こちらから連絡は取れませんでした。だから、毎日、一日中いっしょにいたこの期間に、初めて彼は自分の人生について語ったのでした。

彼は私立のそれなりの大学を卒業していて、僕が住んでいたアパートの一階にテナントで入っていた会社に勤めていたこともありました。どこか見覚えのある顔だったという謎が解けて、不思議な縁を感じました。それ以外にいろいろな職を転々としていたのですが、秘密結社に属していたこともあったというのです。

ある山奥に潜んでいて、装甲車なども持っている組織だというのです。「オウムじゃないの?」と聞きましたが、それは否定しました。「でも、これ以上は言えない。喋ったことが分かったら、狙われるかもしれない。」

僕のおごりの晩御飯を食べながら、彼の身の上話はますます謎を呼んでいきました。「お金は天下の回りもの。人に施すことで、自分にいい形で必ず返って来るんだよ。だから、お金が入ったら、人のためにすぐ使わないとダメなんだよ。今日はごちそうさま。また、明日ね。」

彼にはおごってもらうことも何度かありましたが、家賃と電話代くらいは払うように言っても聞いてくれませんでした。彼は今でもそんな暮らしをしているのか・・・いい形で人に施した分が返ってきていればいいのですが。


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この本は甲野善紀さんと養老孟司さんの対談です。買って数年間、本棚に飾っていたものです。

運動器を治療対象と決めている私としては、最終的に「良い体の使い方」に行き着きます。「良い」というのは、「効率的で負担のかからない、関節,骨,筋肉を傷めにくい」という意味です。こういう研究は古今東西で行われていますが、僕が今まで目を通したものはいずれも物足りなさを感じさせました。

さて、この本はどうだろうか?武術研究家と解剖学者の意見交換は、僕の疑問にズバリ答えをくれるということはないだろうけれど、何かヒントはくれるのではないだろうか。

「古武術の発見―日本人にとって「身体」とは何か」
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