トトガノート

「鍼灸治療室.トガシ」と「公文式小林教室」と「その他もろもろ」の情報を載せています。

2006年04月

 今日、第1回の添削課題が返ってきました。常用外漢字など、かなり丁寧にチェックしたつもりでしたが、見落としが結構ありました。

 テープは、各地の特産品の話や、バーテンダーの話、有機農業の話、土木工事の話、などなど。耳学問は楽しいものです。

 第2回課題もだいたいできているので、早速送ります。

目次(その1)を見る

 人間ドックの項目に、胴囲の測定が新たに加わっていました。内臓脂肪を測る指標として、測定が簡単でしかも有効であることが、NHKのガッテンでも示されていました。

 でも、これは僕は10年くらい前からやってたなぁ、と気付きました。30代になって、お腹が出始めた頃、衣替えの季節が恐ろしくなったのです。「去年はけたズボンがはけない!」という事態が頻発したのです。はけないと、買わなければなりません。そこで、お腹にズボンを合わせるのではなく、ズボンにお腹を合わせるべきだ!という発想の転換を行ったのです。

 ズボンがきつくても我慢をすると、孫悟空の頭の輪の如く、お腹と腰が痛くなりました。そうなったら、カロリー制限した食事をするようにしました。

 自分の先進性に、改めて感心しているところです。

 次女を「赤ちゃん」と呼んでいたら、長女が「ちゃん」と呼ぶようになりました。それで次女の愛称は「チャン」になりました。

 どうやら子供は、言葉を憶える時、後ろの方から憶えるようです。卵や苺は「ゴ」、雪やケーキは「キ」、という具合です。

 長女も1歳7ヵ月。最近では2音節まで憶えられるようになったようです。卵は「マゴ」になりました。

 今日は5月の価格を決定しました。2月の消費者物価指数(生鮮を除く)は97.6で、前月比で0.1ポイント下がりました。一律1円下げさせていただくことにしました。触察料1664円、標準の時間33分となります。

 夜間(午後6時以降)の希望者が増えてきました。夜間の追加料金として現在は100円いただいておりますが、5月から110円にさせていただくことにしました。

 鍼灸については、1本(あるいは1壮)につき20円をいただいておりますが、施術に要する時間は単純に本数(壮数)に比例するものではありません。こういった事情を反映させるために、本数(壮数)に限らず、鍼灸の施術を行った場合には、5月から1位あたり10円いただくことにしました。

 最近、娘の影響で教育テレビを見ることが多くなりました。先日、微生物のミジンコをやっていました。小学校の理科に出てきて以来で、「○年の科学」という雑誌の付録で飼育したのを懐かしく思い出しました。

 ミジンコはエビの仲間なのだそうですが、住環境が悪くなると有性生殖をして増えるのだそうです。子孫の遺伝子にバリエーションを持たせて、新しい環境に対応できる子に生き残ってもらう戦略です。確か、単細胞生物のゾウリムシもそんなことをしたと思います。

 この裏返しは、住環境が良くなると、有性生殖をしなくなるということなのか?豊かな日本で、晩婚化・少子化が見られるのは、こういうこと?単細胞生物時代からの伝統?と、また変なことを考えてしまいました。

 これでいくと、「貧乏人の子沢山」も説明できます。安定した仕事に就いている人は、意外と結婚しないしなぁ…僕も脱サラしたら結婚できて、たちどころに二人の娘に恵まれたしなぁ…仕事が安定してないからかなぁ…


「うろん語」第三巻
目次
その2:「スロー・ドライブ」
その3:「燃えろ!商魂」
その4:「パインサイダー取引」
その5:「常に無常」
その6:「携帯からケータイへ」
その7:「加害者の命と被害者の命」
その8:「加害者の命と被害者の命供
その9:「殺気と邪気とアンポンタン」
その10:「正義と平和」

「うろん語」第一巻目次(その1)を見る
「うろん語」第二巻目次(その1)を見る
「うろん語」第四巻目次(その1)を見る

 なんとか第1回の添削課題を提出するところまで行きました。原稿用紙の使い方、特に禁則処理の仕方はワードでの設定の仕方も説明してあったので、役に立ちました。

 テープでいろいろな話が聞けるので、それが楽しいです。6ヶ月のコースですが、今のところ予定どおりです。

目次(その1)を見る

 まだ結果が来ていないので、正確なところはわかりませんが、どうやら体重は去年より少しは減っているようです。2キロ弱といったところでしょうが。メタボリック・シンドロームとかで、今回から胴回りも測りました。男性の危険範囲85cmまでは行ってなかったので、ホッとしました。

 トレーニングは、しばらくしていないのですが、せっかくだから、結果が来るまでもう少し休みましょう。

 娘に「もう寝なさい。ネンネコッコー」と言ったら、横になって目をつぶり、寝たふりをしました。そして、ガーガーといびきの真似をしました!芸が細かいのはいいんですが、これいったい誰のいびきの真似だ?

 ある人に生年月日を尋ねたら、西暦で答えた。違和感を感じたが、西暦で答えるとカッコイイと思った。ある御客様がおっしゃっていました。昭和初期に生まれた方なので、西暦を使う習慣が余りなかったのだそうです。私は西暦も元号も同じくらいの頻度で使っていましたから、生年月日を西暦で答えられても特に違和感はありません。年齢は西暦の方が計算しやすいですから、どちらかと言えば西暦で言っていただいた方が助かります。

 ただ、それ以外にも西暦を好む事情があります。それは、私が1964年、つまり昭和39年生まれだからです。元号で言うと、私は昭和30年代生まれに入れられてしまうのです!早生まれの同級生は昭和40年代に入るのに、これはとんでもなく不公平なことです。

 面白いことに、私の妻は1969年、昭和44年生まれです。西暦で言うと、1960年代生まれということになり、損(?)をすることになります。私と立場が逆です。西暦で言うと私たちは同年代なのですが、元号で言うと10年も差があるように見えてしまいます。

 しかしながら、こんなつまらないことにこだわって、いろいろ考えてしまうのは、そもそも年だということなのでしょうけれど・・・。

 ある罪状に対して、どのくらいの刑罰が適切であると思うか?という調査を、裁判官と一般人に対して行った結果が新聞に出ていました。裁判官は軽い刑罰を、一般人は重い刑罰を選ぶ傾向があるとのこと。裁判官の常識と一般人の常識とのズレが明らかになった形です。

 私個人としては、「復讐法」のハムラビ法典が一番合理的なのではないかと思っています。また、仇討ちが認められていた江戸時代の法律はなかなか粋だな、と思います。ですから、裁判所が下した判決に首を傾げてしまうことは、最近非常に多いです。人を裁くことは難しいですが、裁判官という極めて特殊な一部の人の判断が、果たして適切といえるのか?非常に難しい問題です。

 人の仕事を評価するのも非常に難しいことだと思います。会社に勤めていたときに、能力主義が導入される中、いろいろと考えることが多かったです。優秀かもしれないけれども、上司という極めて特殊な一部の人の判断が、果たして適切といえるのか?

 それで気づいたのが、「商売」がすごく民主的だということでした。「あなたが提供してくれる品物(あるいはサービス)に○○円払いますよ」というのは、自分に対するお客様の評価です。極めて普通の多くの人たちから、毎日お金をいただくという形で評価されているわけです。

 これが、私が会社を辞めた数々の理由の中のひとつだということを、思い出しました。自分が設定した値段どおり、お客様から払っていただけるということは、自分の仕事が評価されたということです。そしてそれは、自分の存在意義を認めてもらえた瞬間でもあります。

「うろん語」第二巻目次(その1)を見る

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