トトガノート

「鍼灸治療室.トガシ」と「公文式小林教室」と「その他もろもろ」の情報を載せています。

2005年08月

 一ヶ月ほど前から、「量子コンピュータへの誘い」という本に取り組んでいます。時間がある日に数ページ読むだけという状態なので読書はなかなか進みません。「量子さんて誰?」と妻に聞かれて、女性の名前ではないことを説明したりしなければいけなかったので、いつも同様ゆっくり読んでいます。今日、第3章を読み終わりましたが、第1章の内容は殆ど憶えていない始末。

 著者は大学で物理学を学び、その後コンピュータの仕事をしてきた方で、私と経歴が似ているので、書かれてあることは全て興味ある内容です。それだけに、一行読むごとにブツブツ言いたくなって、なかなか進まないのです。

 第3章に「コーシー・コヴァレフスカヤの存在定理」というのが出てきますが、大学の教科書の中で一度お目にかかったような気がしました。この定理に関わった女性の研究者(ソーニャ)は、ドストエフスキーに恋をしたり、ロシアから脱出するために数学者(コヴァレフスキー)と結婚した、というエピソードを面白く読みました。大学の教科書の中にこういうことを書いておいてくれたら…あるいは大学の先生が講義の中で紹介してくれたら…もう少し勉強頑張ったんじゃないかなぁ〜というのが、第3章の感想です。

「量子コンピュータへの誘(いざな)い きまぐれな量子でなぜ計算できるのか」
目次
その2
その3
その4
その5

 長い生命の歴史をずっと見続けてきた人はどこにもいる筈がないので、進化論もひとつの仮説に過ぎないのですが、それが正しいとして話を進めます。そうすると、私たちの血液は、35億年前に細菌やらん藻の姿をしていた祖先の血液が基になっています。背骨は、5億4千万年前に魚の姿をしていた祖先の背骨をモデルチェンジしたもの。腎臓は5億年前、歯は4億5千万年前の魚の時代に原形ができたそうです。は3億7千万年前、5本指の手足は3億6千万年前の両生類の時代。は2億3千万年前、体毛は2億2千万年前、胎盤は1億年前の哺乳類の時代に原形ができたものを継承しています。

 背骨が一番わかりやすいかもしれませんが、水中用に設計したものを陸に上げて、しかも横向きに使っていたものを縦向きにして使っているわけです。これって、5億4千万年前から想定内のことだったんでしょうか?進化の歴史をみると、「ダメでモトモト、結果オーライ」のようなので、想定内だとはとても思えないのです。ですから、うまく動かなくて当たり前のように思うのですが、それでも私たちはうまく活動できているわけで、これは奇跡のようなスゴイことに思えてきます。

 よくお客様から「何もしていないのに、肩が凝る!腰が痛い!どうして?」という質問を頂きます。「何もしていないからではないでしょうか?」というのが、私の率直な意見です。細菌の姿をしていた進化の出発点で、4億5千万年後には陸上で二足歩行するという前提があったら、私たちの骨格や筋肉の造りはかなり違ったものになっていたことでしょう。私たちの体は自動車で例えるなら、最初から陸上を走る乗り物として設計されたものではなく、まず潜水艦を造り、その部品変更を繰り返しながら少しずつ陸上にあがってきた自動車なのです。肩凝りや腰痛は、横向きに使っていた体を縦向きにしたための弊害であり、構造的な問題です。「何か」をしなければ、肩凝りや腰痛になるのは、むしろ自然なことのように思います。
 ただ、誤解が無いように申し添えますが、「何か」というのは鍼灸のことではありません。ストレッチや筋力トレーニングを行ったり、良い姿勢や腰を痛めない動作を心がけたりすることです。それが至らなくて痛くなってしまった場合には、鍼灸は有効な選択肢のひとつですから、是非連絡を頂きたいわけですが・・・。

 そういう意味で、「体の使い方」を学び習得することは、人として必要なことだと思います。「体の使い方」の研究は最近盛んに行われておりまして、昔の人の立ち居振る舞いもかなり参考になるようです。研究の進展が待たれます。
 更に付け加えますと、私たちは今日のような高度な社会生活を営むことを前提に生まれてきたのでもないだろう、ということです。だから「体の使い方」と同じように、「心の使い方」とか「頭の使い方」とかを皆が心がけないと、世の中はまとまらないのがむしろ自然なのでしょう。長い時間の中で祖先の努力の積み重ねがあり、そのおかげで今日の私たちの生活が営まれているようなのですが、それが当たり前になって自覚されないでいるため、何が必要で何が必要でないか、取捨選択が非常に難しく厄介です。そんな中で、私たちは新しい社会システムの構築を迫られています。そちらの方の研究も進展が待たれるところです。

目次(その1)を見る

 植木等が「気楽な稼業」と言ったのは本当に昔のことで、最近は皆さんとても忙しいようです。
 夜12時過ぎないと帰って来れない!朝は早い。会社は「嫌なら辞めて下さい!」と言わんばかり。明日はこのたび辞める人の送別会だから早く帰れるけど、ひとり減った分ますます忙しくなるよ…という話を先日聞きました。
 また、システムエンジニアのような仕事に就いた方の話ですが、新人なのに仕事のやり方について詳しくは教えてもらえず、直属の上司も忙しそうで相談できなかったので、最後まで自分なりのやり方で仕上げたそうなのですが、「これはうちのやり方と違うから最初からやり直して欲しい」と言われて、殆ど徹夜の毎日が続いたそうです。
 私が会社に入社した頃を考えますと、20年近くも前になってしまうのですが、随分とのどかでした。新人は本を読んで勉強する時間が与えられていました。新人には実際の仕事に似た課題を与えて、教育する期間がありました。忙しくて明け方に帰宅するようなこともありましたが、作業が終わるまで部長さんが帰らずに待っていて、励ましの言葉を下さったこともありました。そんな余裕が、その後の10年くらいの間にすっかり無くなってしまったように思います。そしてそれは、社員同士の心を結び、それなりの労働の質を守るために必要不可欠な「遊び」だったのであり、抹殺すべき「無駄」では断じてなかったのではないかと今になって思います。

 こんなことを書くのは、先日起きたJR西日本の事故も、少なくとも原因のひとつにはこういうことがあるんじゃないかと思うからです。今のダイヤで運行できているのだから、あと一分くらい短縮できるんじゃないか?更にあと一分くらい…という無理が重なって、大切な「遊び」がどんどん削られていったのではないか?机上ではきれいに定規で線が引けても、そのとおりに列車を走らせることはとてもできない。
 私にも同様の経験があります。私は電子回路の設計の仕事をやっておりましたが、生産技術の進歩に伴い、設計する回路の規模はどんどん大きくなっていきました。設計作業の後には、設計した回路が意図したとおりに動くかどうかという動作確認の作業が必要でしたが、これが問題でした。簡単な例で説明しますが、ON・OFFの切り替えスイッチが2個付いた回路の動作確認は4通りの状態を試験すればいいのですが、4個付いた回路の動作確認は16通りになります。回路規模は2倍でも、動作確認の作業は4倍に増えるのです。ですが、この理屈が上司にはわかってもらえませんでした。「回路規模が2倍にしかならないのに、作業時間が2倍以上かかるのはおかしい。理屈に合わないから、今までの2倍の期間で仕上げて欲しい。君は同じような回路を前にやってるから、2倍もかからないんじゃないの?」というとんでもない理屈を押し付けてくるのでした。これではたまらない!というのが、私が会社を辞めた理由のひとつです。

 太平洋戦争の時も、帝国大学出身の実戦を知らないエリートが、机上でしか成り立たない美しい作戦を立てたために、たくさんの戦死者がでました。私の伯父もその犠牲者のひとりです。戦後60年というのに、その教訓が未だ生かされていないようです。JR西日本の「ダイヤは適切であったが、恒常的な遅延が発生していた」というような記者発表を聞いた時、唖然としてしまいました。ダイヤが適切であるかどうかは実際の運行状況から判断すべきであり、机の上では判断できないのです。この本末転倒のたわごとには、大本営発表を聞く思いがしましたし、以前の上司を懐かしく思い出しました。
 JR西日本の事故の原因調査はまだ途上の段階ですが、会社の責任が問われることになると思います。しかし、このような危険を孕んだ会社は、JR西日本に限らず、そしてこの業界に限らず、日本中にたくさんあるように私は感じています。全ての会社が我が事として反省をしないと、いろいろな形で犠牲者は増え続けると思います。

「うろん語」第一巻
目次
その2:「「想定外」の人間」
その3:「「想定外」の人間供
その4:「ストレス社会?」
その5:「一億分の一の重み」
その6:「心の鎮痛剤」
その7:「ニュースのツボ」
その8:「あいさつをしよう!」
その9:「ああ、色即是空」
その10:「エコというエゴ」

「うろん語」第二巻目次(その1)を見る
「うろん語」第三巻目次(その1)を見る
「うろん語」第四巻目次(その1)を見る

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