トトガノート

「鍼灸治療室.トガシ」と「公文式小林教室」と「その他もろもろ」の情報を載せています。




出版直前に一章丸々削除した(なまべち#115)ということだったが、それでも密度の濃い最新情報が275ページにぎっしり詰まっている。

これまでに「なまべち」で語られてきた内容もたくさん盛り込まれているのでスラスラ読み飛ばすこともできたが、正月かけてじっくり読ませていただいた。

3倍くらいの値段が付いてもおかしくない内容だ。
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あるクライアントから聞いた話。交通安全の講習会で聞いた話らしい。

「お年寄りは道路を横断する時に斜めに横断する」と言われたという。

その方は素直な方なので、
「言われてみればそのとおりなのよ(笑)」とおっしゃっていたが、お年寄りだけなんだろうか?と思った。

基本的に歩行者は右側通行なので最初は右側を歩いている。で、いずれ左折しようと思っている時に、今ちょうど車が途切れているから横断しておこう!と、道路の左側に横断するとする。この時、道路に直角に横断するのが最短距離だから直角に渡ればいいものを、行きたい方向に進みながら横断するから斜め横断になる。距離は当然伸びるから、時間もかかる。危険だからやめましょう、と言うのが講習会の主旨。

でも、これ、自分もやるなぁと思った。お前も年寄りだ、と言わればそれまでだが。

もう一つ、道路を横断する歩行者の気になる行動がある。車が遠くから来るのをわかった上で、急いで横断しようという時、道路の半分までは小走りで行くんだけど後半はゆっくり歩く人がいる。最後まで小走りで行けば車は減速しなくても良かったのに、後半ゆっくりになるから車が減速しないと衝突するくらいのタイミングになってしまう。

これ、自分が運転している時だと「ちょっと〜!」と思うんだけど、自分が歩行者の時は無意識にやってしまっていることに先日気がついた。

途中でゆっくりになってしまうのは年のせいなのか分からないけれど、冒頭の斜め横断にしても、どこか本能的なもののようにも思う。

ともかく、歩行者ばかり、あるいは運転者ばかりに注意喚起を押し付けるのではなく、双方が注意しなければならない。「最近、歩く人も運転する人も、注意が足りないよ!」というのが、このクライアント宅のお茶の間会議の結論となった。
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ブログネタ
中高一貫校の素顔 に参加中!
みくに出版「栄冠2018年度受検用公立中高一貫校適性検査問題集全国版」の問題を解いている。

和歌山県のエアーポットの問題を解いて、気づいたことがある。エアーポットの構造が図示してあって、「おしこみ口ををおしこんだままにしておくと、少しの間、お茶が出続けるのはどうしてですか。」という問題。



気づいたのは、エアーポットって最近余り見ないね…ということ。うちの子が生まれた頃、既に我が家で使っていたポットは電動式だったような気がする。受検する子どもたちは「エアーポットを知らない子供たち」である可能性が高い。

我が子が幼稚園の時に驚いたのは、デジタルの時計しか見たことがない子供たちがいるということ。「時計の絵を描きます!」と言って文字盤の絵を描くと「???」になる子どもが増えている。「文字盤を知らない子供たち」である。

適性検査問題では、時計の針の角度を問う問題が昨年度も2,3校で出題されている。小学6年生になるまでにはアナログ式の時計を見ているだろうけれど、時代の変遷の速さを感じずにはいられない。

岡山県立津山中学校では、石油ストーブを使う際の注意事項を書かせる問題が出ている。私は迷わず反射式のストーブ(電気を使わないタイプ)をイメージした。しかし、教室の子供たちは注意事項として「電気」に関することを書いた。「反射式ストーブを知らない子供たち」なのだ。

我が東桜学館中学校では炭火アイロンについて出題されている。これは流石に知らないだろうと思ったら、「資料館で見たから知ってる!」。

適性検査問題は身近な物を取り上げる訳だが、その身近な物がものすごいスピードで入れ替わっている。

◆◆◆公文式小林教室◆山形県東根市◆◆◆
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なまべち#8の内容を詳しく知りたくて、買った。文庫版は放送の一年ほど前の出版。

ホメオスタシス同調を駆使した新しいプロファイリング。放送の中で話されていたことが詳しく理解できた。

博士の推理は意外なものが多かった。自分の世間知らずぶりを自覚。街を歩くのが怖くなった…。
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触察Plainプラン33分2000円
触察Mediumプラン53分3000円
触察Premiumプラン73分4000円

詳細は以下のとおりです。

触察料:
・33分で 1660円 (前月比+5円)

出張費:
・人数に関わらず:360円 (前月比+5円)

追加項目:
・鍼50円(1本)、灸50円(1壮)

端数処理:
・百円未満は切り捨てとします

※今回反映します消費者物価指数(生鮮食品を除く)100.6は10月のものです。
※当院の価格に対する考え方はこちら

・12月の価格
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平均:2543円
最安値:1800円
最高値:5500円

※当院の価格に対する考え方はこちら

・10月の客単価
・11月の価格
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前回は「私、硬いんですかね?」と尋ねられた場合について書いた。これと似て非なるのが「硬いべ?」と尋ねられた場合。

日本語に直すと「硬いでしょ?」という意味になるが、硬くないなんて言わせないぞというニュアンスが強い。

この場合、例えば肩ならば「肩こりのプライド」が隠れている。硬いのは一生懸命生きてきた証なのである。だから、そんなに凝っていないと思っても、「いや、硬いなんてもんじゃないですね!」と言わなければならない。

「そんなでもないですよ」と言っても安心してくれないし、「さっきの人の方が硬いですよ」と言おうものならプライドを傷つけてしまう。私の仕事はコリをほぐすことであって、鼻をへし折ることではない。

人間は自分の平静を保つために自動的に合理化を行う。この場合の最も簡単な合理化の手法は「この治療師はコリが分からない奴だ」というレッテルを貼ることである。評判を落としてまで真実を伝える必要はない。

旅館の一室に呼ばれたことがあった。80歳を越えた女性たちが5,6人。小学校時代の同級生。彼女たちの語らいを聞きながら、一人ずつ施術を行った。

語らっている人たちの一人が「あ、薬飲むの忘れた」と言って、薬の袋を出した。「あ、私も」と言って別の人も。結局、皆が薬をテーブルに並べた。こうなると、「病気のプライド」が出現する。

「あんた、それしか飲んでないの?私はこんなに飲まないといけないよ」
「その薬はこの前まで私も飲んでた。でも、効かなくなったからもっと強いのに変えてもらった」
「この痛み止めで治まってるんだったら、大したことないよ。私なんか…」

かつて机を並べて競い合った仲間が、薬を並べて競い合う。当然、老いた体を並べても競い合いが始まる。
「あんたは背中がまっすぐでいいね」
「あんたは膝がまっすぐじゃないか!」
「コロコロ太ってるね。私なんか体重が減ってきたよ」
「私は痩せられなくて困ってるの!」

そしてついに面倒な事態が発生する。
「先生、この人と私、どっちが凝ってる?」

この場合の最も簡単な対処法は部門別表彰。
「こちらの方は右肩がひどく凝ってますが、お客さんは左肩ですね」
右背中、左背中、右腰、左腰、右臀部、左臀部、右膝、左膝、…。部門はいくらでも設定できるし、それぞれのお客様に小さな差異は必ず見つけることができるし、しかも部門ごとに賞品を準備する必要もない。

それぞれに「たった一つだけの花」を持たせれば良いのである。
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「私、硬いんですかね?」と、同じ日に2人のクライアントから聞かれた。

1人目の男性は、整形外科のリハビリで、担当の理学療法士から毎回言われるらしい。「体、硬いですね。」

2人目は女性。美容室で髪を洗う時にサービスで肩を揉んでくれるのだが、その度に「肩が硬いですね。指が入らないですよ。」

体が硬いのは余り良い意味には取られない。だから、毎回言われたら、かなり気になるだろう。

しかし、これは余り意味が無いと私は思う。もともと硬い人、もともと軟らかい人というのがあると思うから。単純に、硬いから凝っているとか、軟らかいから凝っていないとは言えないのである。

かく申す私も、クライアントに「硬いですね」と毎日のように言っている。しかし、他人と比べてはいない。「右肩と比べると左肩は硬いですね」とか「いつもと比べると今日は腰が硬いですね」とか、飽くまでもそのクライアントの中だけの比較である。

これは体温や血圧についても言えると思う。その人の健康状態を見る場合、他の人のそれと比較するよりも、その人自身の過去の数値と比較した方が参考になるはずだ。

結局、私はこの二人に同じ言葉を返した。
「そうですね。他の人たちと比べれば、硬い方かもしれませんね。でも、この前の辛い時と比べたら今日はそんなに硬い方じゃないですよ。今日は楽でしょう?」

言葉がコリを呼ぶ場合もある。言葉がコリをほぐす場合もある。
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あるクライアントと、スマホの話になった。どこに行っても、最近はみんなスマホを見ている。気味が悪いと。子どもがうるさいからスマホを渡してゲームさせているお母さんを見かけた。スマホに子守をさせている。

このクライアントは米寿を迎えた女性。携帯は持っているが、ガラケー。でも、気骨のある方なので、臆することなく必要な時はガラケーを出して使っている。

最近は授乳中のお母さんがスマホでゲームやLINEをやっている話をしたら、御存知なかったようでとても驚いていた。

「あんな可愛いものを抱いていながら、それを見ないの?」

自分にとって最大の存在である母親が、自分を見つめず、違うところを見つめている。赤ちゃんの心の成長に良いわけがない…と、ここまではよくある評論。

「私は子どもの目に映る自分の顔を見ていましたよ。」

これは私も初めて聞いた。まあ、じっと目を見つめていれば自分の顔も映って見えるだろうよ、と言ってしまえば身もふたもない当たり前なことなのだが…。

何だか、ジーンときた。

赤ちゃんも母親の目を見ていて、視覚を獲得していくにしたがって、母の眼に映る自分の姿も確認しているに違いない。母子の目が、お互いの姿を反射し合っている。それは、信頼のキャッチボールでもあり、愛情のキャッチボールでもある。

これは母乳で育てる場合に限られたことではない。哺乳瓶ででもできる。つまり父親もできる。

聞けば、クライアントは曾孫が産まれたばかりだった。
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「まんが」なので初心者向きかもしれないが、「洗脳営業術」というのはなかなか誤解を恐れないネーミング(いつもだが)だし、キワモノと思われかねない危険をたぶんに持っていると思う。まあ、そんなこと屁とも思ってない感じが博士の痛快なところではあるが。

何年にもわたって多くの御著書で語られてきたことが、わかりやすくまとまっている。苫米地理論は深遠にして壮大なので、一度読んでも他の本を読んでいると忘れてしまう。簡単に総括して復習するのにとても良い本だ。そういう意味で、この本は初心者だけのための本ではない。
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