トトガノート

「鍼灸治療室.トガシ」と「公文式小林教室」と「その他もろもろ」の情報を載せています。

最近、これまでの人生を振り返り、記憶を整理している。うれしかったこと、楽しかったこと、誇らしかったことなどを思い出し、エバーノートに書き込んでいる。

妻に話したら、「終活?」と怪訝な顔をされた。エンディングノートと間違えたらしい。

それはいいとして、その目的なのだが…

先日、あるお爺さんとお話していたら、どんな話題になっても必ず最後は彼の自慢話になることに気がついた。

凄い!「大丈夫たる者、まさにかくの如くなるべし(十八史略?)」と思った。

老いて視力も聴力も衰えているとは言え、日々いろいろなことを見聞するなかで、彼も心の中で何かをつぶやいている筈である。その内なる声は、どんなことを引き金につぶやき始めたとしても、落ち着くところはきっと彼の自慢話に違いない。

これに勝る長寿の秘訣は無いだろう!と思った。

で、自分の良い思い出をかき集めて組合せ、どんな話題から始まっても良い思い出に行きつくような思考パターンを作ってみようと考えたのだ。

例え「この老いぼれ!クソジジイ!」と罵られたとしても、最終的に私の内なる声は自分の自慢話に行きついて、過去の栄光に耽ることになるのだ。

どんな攻撃をされても自分のエネルギーに替えてしまう恐ろしい怪獣…宇宙大怪獣ベムスターのように。

昔、「…と日記には書いておこう」というCMがあった。


記憶は作り変えることができるらしい。日記に書けば、それが真実になるということもあるだろう。

実際、あのお爺さんの話も本当かどうか分かったものではない。確認のしようもないが、そもそも確認しても仕方がない。その場に居合わせた誰よりも長生きした者の勝ち。

つまりは日記も書いた者の勝ちだ。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

あっという間に半世紀も生きてしまった。この期に及んで、我が人生最大の過ちに気づいた。

「謙虚」と「自責」は、やってはいけないのだ。

もちろん、社交辞令はこの限りではない。うわべだけのことなら、やってもやらなくても、どちらでも構わない。しかし、「内心」とか「本音」とか呼ばれる最も内輪の場所にこの二つを持ち込んでは絶対にいけない。

これまでの私は「謙虚」と「自責」を大切にしてきた。普段の私を知る人が納得できないと言うなら「うわべのことを言っているのではありません」と付け加えよう。

もし持ち込もうものなら、心の晴れる日はなかなかやって来ないだろう。おそらく、うつ病への入り口はここいら辺にあるのだろう。

「謙虚」と「自責」は自分自身の自己評価を下げてしまう。心の中で、青空を見上げることができなくなってしまう。

内なる声が繰り返すべき言葉は「俺はすごい!」「I'm good!」
失敗した時には「自分らしくなかった。」「It's not like me.」

これを繰り返すと、心の中の焦燥感は無くなっていく。というよりは、無くなるまで繰り返すと言うべきか。

すると、幾分余裕が生まれて来る。その余裕を取り戻してからの「謙虚」と「自責」は害が少ない。

とにかく、少しでも焦燥感がある時の「謙虚」と「自責」は絶対禁忌だ。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

先日「何歳ですか?」と聞かれたが即答できなかった。

隠そうとしているわけではない。十の位は分かるが、一の位がいくつだったか忘れた。
「19□□年を2018年から引くと…」と計算して、やっと答えた。
「50過ぎるとそうなるんですかね?」と30代の彼に言われた。

考えてみると、自分の年齢を意識する必要は余り無い。

「もう〇年生になったんだから…」なんて説教されることはない。する側に回った。
電車賃は随分前から子供料金の倍額払わされている。
SNSデビューを待ちわびることもなく、SNSができる前に社会人になっていた。
酒を飲んではいけない理由は年齢ではなく、内臓の事情になった。

逆に、年齢の話題を引っ張ると不愉快な事実にばかり出くわす。

親戚の○○さんは自分より若くて亡くなったとか、娘の同級生のお爺ちゃんは自分より若いとか、担任の先生のお母さんが自分より若いとか…。

年金の受給年齢が間近になるまで、年齢を意識して明るい気分になりそうなことは思い浮かばない。

「50になった途端に体にガタが来て、あちこち…」と言う人はとても多い。「50」とは限らない。「60」とか「70」とか「80」とか増えて行けば尚更そう言う人は多い。「30」や「40」で言う人も珍しくない。

でも、年齢の一の位が「0」になったからといって、DNAに時限爆弾が組み込まれている訳でもあるまいし、細胞レベルで特別な意味がある訳がない。

わざわざそんなことを意識して、時限爆弾の脇に縛られている人みたいに、時が経つごとにビクビクして暮らす必要は無いのだ。

忘れればいい。

以前、何年経っても「私は70歳」と言い張るクライアントがいた。5分周期のエンドレステープのように同じ話題を繰り返す彼女は、少なくとも25回は訪れている誕生日に気づいていない。お蔭で、近所に住む彼女の同級生よりは幾分若く見えた。

「えー!もう○○歳なんですか!?全然見えません!」なんて、お世辞でも嫌味でもなく他人から言われるような妖怪みたいなタイプでなければ、「歳」など忘れるに越したことは無い。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

触察Plainプラン33分2000円
触察Mediumプラン73分4000円
触察Premiumプラン112分6000円

詳細は以下のとおりです。

触察料:
・33分で 1662円 (前月比±0円)

出張費:
・人数に関わらず:368円 (前月比±0円)

追加項目:
・鍼50円(1本)、灸50円(1壮)

端数処理:
・百円未満は切り捨てとします

※今回反映します消費者物価指数(生鮮食品を除く)100.7は12月のものです。
※当院の価格に対する考え方はこちら

・2月の価格
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

平均:2668円
最安値:1800円
最高値:6500円

※当院の価格に対する考え方はこちら

・12月の客単価
・1月の価格
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

前回、11月の初めにMNP手続きをした。両親のガラケー(らくらくホン)をマイネオに引っ越した。シニアのガラケーからスマホへの移行なので、月々の支払いは余り変わらない。

しかも、前回はエントリーコードを準備するのを忘れたので、マイネオ側でも手数料発生(3000円×2)という手痛い失態。

でも、今回は大丈夫。エントリーコード付の雑誌を買ったから。



大手D社からMNPの予約番号を出してもらう時には「手続きがスムーズにいかないと電話が使えない事態も発生して不便ですよ〜」と不安を煽られたが、MNP転出は3台目なので「大丈夫ですよ!」と一笑に付した。

ただ、今回の不安は遠く離れて暮らす娘のスマホの移行だということ。simカードの入れ替えを中一の娘にさせるのは不安だったし、他の用事もあったので帰省させることにした。しかし、先日の大雪での交通機関の大混乱があったので、とにかくそれだけが不安。新幹線は2日夜の下りと4日昼の上りを取ってあるが、それに合わせるかのように寒気団襲来の予報。

蓋を開けてみれば、何の問題も無かったのだが。

今回の設定で発見したことがひとつ。マイネオのsimカードを入れて、サイトから回線切替の手続き(simカードに付いている番号の下4桁を入力するだけ)をすれば電話は発信受信はすぐできるようになる。自宅のWIFI環境下にいるので、ネット接続もできて移行完了と思っていた。ところが、外出した途端に、LINEができない!ググれない!という事態が発生。「やっぱりネットワーク設定ってしないといけないのね」という当たり前が分かったという次第。

マイネオのサイトでは機種ごとに設定手順が分かりやすく説明してあるので、外出先でも私のスマホでそれを見ながら(焼肉を食べながら)娘のスマホの設定を行なった。所要時間は5分位か。

マイネオは取扱い店舗が少なく、ネットで手続きをしなければいけないことがデメリットということになっていて、マイネオ自身も新たな出店に力を入れているようではあるが、私にはメリットにしか見えない。

ネットで全て事足りるようにきちんと準備されているから、窓口に行って順番を待つ必要は全く無い。外出先で焼き肉を食べながらの操作でMNP移行手続きが完了してしまうのである。

今回はスマホの引っ越しなので、月々の支払いは約4000円から約2000円に軽減する(オプションの選び方しだいでもっと安くはなる)。

11月に私がD社から抜ければシェアパック(5ギガ:6500円)の支払いが無くなるので、全体としては月々10000円以上安くなる予定。MNPの手数料負担はすぐに元が取れる。

《つづく》
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote




《→アマゾンへのリンク付ブログはこちら》

一時期、ずっと仏教の本ばかり読んでいた。それでわかったことは、巷で信仰されている仏教は仏教ではないということ。輪廻のように古代インドで信じられていたこと(釈迦が唱えたわけではない)や、中国を通過する時点で染まってしまった道教の影響など、本質からかけ離れた内容は日本仏教の中で大切に伝わっているのだけれど、釈迦が唱えたことは殆ど残っていないと感じた。

仏教理論の中でも特に難解とされる唯識は脳科学とリンクできるような気がしていたが、脳科学者でもない私がそんな大きな仕事をこなせるわけがないと諦めていた。それを、脳機能学者であり僧侶でもある博士が本書で実現してくれた。

簡単にまとめてしまえば、阿頼耶識=右脳、末那識=左脳ということになるだろうか。このイメージで本書を読んでいくと、唯識は現代の脳に関する情報ときれいに整合性を持って整理できると思う。

巻末で紹介されているハワイ日系米兵の話は感動した。日本人として知っておかなければいけない史実だ。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

踊りが大好きで一日中踊り続ける人のことを「踊りスケベエ」と呼ぶらしい。郡上八幡で行われる郡上おどりでのことである。こんな面白い言葉が、NHKの新日本風土記という真面目な番組に突然出て来た時には、しばらく笑い転げていた。

「町では、そんな踊り好きな人たちのことを、親しみを込めて「踊り助平」と呼ぶ。」という真面目な解説がツボにハマった。「スケベエ」は親しみやすいのか…

例えば自分は何だろう?

蕎麦スケベエ、スマホスケベエ、歴史スケベエ、ウルトラマンスケベエ、猫スケベエ、梅酒スケベエ、ケーキスケベエ、肉スケベエ、寿司スケベエ…

これは現状の自分だ。

ところで、現状の外の自分を表したらどうだろう。want toにスケベエを付けるのではなく、have toにスケベエを付けてみる。

学生ならば、
国語スケベエ、数学スケベエ、英語スケベエ、理科スケベエ…

ガリ勉はガリ勉だが、親しみやすい感じがするかも。なにしろ日本放送協会認定の親しみやすさである。

仕事スケベエ、ごみ捨てスケベエ、介護スケベエ、支払いスケベエ…

「しなければいけない」が「俺はやりたくて仕方ないんだぜ」に変わりそうな気がする。「スケベエ」の親しみやすさが、新たな自分へのハードルを超えさせてくれるような気がする。(注:個人的な感想です)

さあ、理想とする新たな自分を○○の中に入れて、自分の中で高らかに宣言しよう!

私は○○スケベエである!

最近、私は雪かきスケベエである。ほとんど毎日やっている。いくら体が疲れていても、いくら腰が痛くても、ついつい夢中になってやってしまう。

加藤茶の声が聞こえてきそうだ。「アンタもスキね〜」
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

最近は何でも何十年ぶりとか言う。大袈裟な感じもするが、確かにこんな寒いのは久しぶりだ。

今までで一番寒かったのは、ポール星人がガンダーを連れてきた時だっただろうか…

ということで、寒さを忘れるために、雪の中に落としたウルトラアイを探すふりをした。小さい時、よくやったものだ。

ボケても子供の頃の記憶は最後まで残るらしい。子供の頃の記憶に浸ると、臨場感も強いし、心も体も元気になる。

娘たちもそうだったが、子どもというのは長靴に雪が入っても平気だし、手が真っ赤になってかじかんでいても喜々として雪をいじることをやめない。

「寒さ」って本当につらいことなのだろうか?

寒さを嫌がるようになったのはいつからだろう?

しもやけに何度も悩んでからだろうか?映画「八甲田山」を見てからだろうか?神経痛を経験してからだろうか?かじかんで動かなくなった手が二度と再び動くことは無いんじゃないかと思った時からだろうか?

近くの遊園地にはマイナス4度を体験するアトラクションがある。建物自体が大きな冷蔵庫になっている。娘たちも大好きで何度も入っている。真夏に入りたがるのは当然なのだが、肌寒い季節になっても入って喜んでいる。

つまり寒さは娯楽になりうるのだ。

肌に突き刺さるような今年の寒さの中で、私は逆腹式呼吸してみた。お腹を凹ませて空気を吸い込む。胸が目一杯膨らんだ所で、全身を弛緩して吐き出す。これを数回繰り返しながら、心の中でイメージする。

私はウルトラセブン。冷え切った体を暖めるために宇宙に向かって飛ぶ。太陽の近くで熱エネルギーを全身に浴びる。

これが右脳的アプローチなら、左脳的アプローチも可能である。「今日は寒くて気持ちいい今日は寒くて気持ちいい今日は寒くて気持ちいい...気持ちいい気持ちいい気持ちいい...」とひたすら繰り返す。

すると、寒さは嫌なことではなくなった(注:個人的な感想です)。

ただ、これは飽くまでも寒さを精神的ストレスとして感じなくしているのであって、体の細胞が感じている物理的な寒さを取り除いているわけではない。なので、体が冷えたら、なるべく急いで温めましょう。

そうしないと、マッチ売りの少女になってしまうから。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

人は誰でも心の中でいつも何かつぶやいていると思う(心の中じゃなかったら気味が悪いけど)。

でも、「どんなことをつぶやいているか?」なんて気にしたことが無かった。

誰も立ち入れない領域だし、好き勝手な自由が許されると思っていた。

どんな危険なことを考えても、どんなイヤらしいことを妄想しても、行動に起さなければ…。

でも、やっぱり大事だったらしい。

自分の部屋がどんな状態か、みたいなものか。何を飾ってるか、掃除はしているか、壁は何色か…。

誰も連れて来なくても、誰にものぞかれなくとも、その人とナリに影響するのだ。

さて、前置きはこれくらいにして…。

父が好きなラーメン屋さんがある。何かとそこに行きたがる。しかし、私はそこのラーメンが嫌いである。もちろん、いろんなラーメンがメニューにはあるのだが、どれを食べてもシックリこない。麺の細さがまず気に入らないのだが、それだけではない。スープがしょっぱい。何かまろやかさみたいなのが足りない。

以前は父も勝手に行けたから良いのだけれど、免許を返してからは一緒。父だけそこに置いて自分は別な店に行くと言うのも面倒だし、どうしたものかと思っていた。

で、このラーメンを好きになる事はできないものかと考えた。「内なる声」を使うのである。

まず、逆腹式呼吸。お腹を凹ませて空気を吸い込む。胸が目一杯膨らんだ所で、全身を弛緩して吐き出す。これを数回繰り返しながら、心の中でつぶやく。

また、ここのラーメンが食える。うれしいな。ここのラーメンはいつ食べても、どれ食べてもおいしいんだよな。スープの香りがしてきた。唾が出てきた。

なるべく何も考えずに、「おすすめ」と書いてあるラーメンを即座に注文。ラーメンが来るまで、さっきの言葉を繰り返す。今までつぶやいていた言葉を封印するために。

例えば…
細麺が気に入らねえとか、スープがしょっぱいとか、オヤジの奴またそれ頼むのかよとか、このラーメンはこの前食べたけどやっぱりまずかったとか。

で、ラーメンが来てからも、このラーメンはうまいねぇ〜的なことをひたすら(心の中で)つぶやきながら食べた。そしたら…

いつもよりうまかった。自分が大好きなラーメン屋には及ばないけれど。

自分のネガティブなつぶやきが、まあまあのラーメンをまずいものにしていたようだ。

この方法はいろいろな応用がききそうだ。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

↑このページのトップヘ